Hegel in A Wired Brain (English Edition)
ジジェクの本はいつも冗漫で、無駄なおしゃべりが多い。本書もヘーゲルの生誕250年にからめてニューラルネットを論じているが、機械学習を理解していないので、話がいつものヘーゲル論の繰り返しになっている。

ただ賛成できることが、二つだけある:ヘーゲルが疎外と呼び、マルクスが物象化と呼んだ概念が、ニューラルネットで「自己組織化」や「創発」と呼ばれる現象に近いこと、そしてコンピュータでそれを実現する「シンギュラリティ」は不可能だということだ。

いくらビッグデータを集めても、自動的に概念は生まれない。カントのように概念に先立つカテゴリーで概念を正当化するのは循環論法だとヘーゲルは批判し、経験を概念として疎外(対象化)する論理を弁証法と呼んだ。しかし『精神現象学』も最後に「絶対知」が出てきて経験を抽象化する循環論法になっている。

マルクスの唯物論はヘーゲルを転倒したといわれるが、労働の等価交換から貨幣が立ち上がる価値形態論のモデルはヘーゲルである。1万円札が1万円の価値をもつのは1万円の商品と交換できるからだが、その価値は1万円で売れることで支えられる循環論法になっている。

これをマルクスは物神性と呼び、貨幣を廃止して労働が等価交換される未来社会を構想したが、そういう透明な世界は不可能だった。世界を<物>として認識する物象化は、資本主義に固有のメカニズムではない。それを物神性と呼ぶなら、物神性なしに人は外界を認識できないのだ。

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