デジタルエコノミーの罠
情報の豊かさは,それが消費するものの稀少性を意味する.情報が消費するものは,かなり明白である.それは情報を受け取る人の関心を消費するのである.したがって情報の豊かさは関心の稀少性を作り出し,それを消費する膨大な情報源に対して関心を効率的に配分する必要が生じる。
これは私が1997年に出した『情報通信革命と日本企業』の第1章の冒頭に掲げたハーバート・サイモンの言葉である。本書も第1章にこのサイモンの言葉を引用し、「関心の経済」によって産業構造が大きく変わったと論じている。

インターネットの初期には、自律分散ネットワークで誰もがコンテンツを世界に発信できるようになり、メディアは民主化すると予想する人が(私を含めて)多かった。私は要素技術のモジュール化で、巨大企業の脱統合化が起こると予想した。

このモジュール化という概念はブームになったが、脱統合化は必ずしも正しくなかった。IBMのような巨大企業が敗北し、インテルとマイクロソフトのような「水平分業」が進んだという意味では正しかったが、いま起こっているのはかつてのIBMを上回るGAFAの独占である。その原因は何だろうか。

「関心の経済」は独占に向かう

本書の答は簡単である。インターネットのインフラを独占したグローバル企業が、ユーザーの関心を独占するからだ。情報を集積する固定費は大きく、限界費用はゼロなので、最適規模は無限大になる。これはかつてIBMが大型コンピュータで情報を独占した構造と同じだ。

違うのは「関心の経済」では情報に稀少性がないので価格はゼロになり、独禁法が適用できないことだ。「クリック一つで他のサイトに移れる」とグーグルは反論するが、マイクロソフトのBingでさえ市場シェアは5%程度だ。他方コンテンツ企業は、広告収入だけでは採算が取れない。その原因は、実はインターネットは無料ではないからだ。

インターネットのインフラに巨額の投資が行われているだけではなく、自分のサイトにユーザーを誘導するコストも大きい。コンテンツを毎日更新して魅力あるサイトを維持するには大きなコストがかかり、それを広告収入だけで回収することはむずかしい。

たとえばアゴラの広告単価は1クリック16円で、広告の平均クリック率(CTR)は1%なので、100万回アクセスされても1万クリック×16円=16万円。毎月100万アクセスというのは個人ブログでは無理で、アゴラのようにスタッフが毎日更新しても、毎月1000万アクセスが限度である。

1日何億回というアクセスを得るにはグーグルやヤフーのようなプラットフォーム機能が必要で、これには莫大な投資が必要になる。反応が0.1秒遅くなってもアクセスが減るという。この意味で、プラットフォームには自然独占の性質がある。

「情報は自由を求めている」というインターネット初期の理想は幻想で、資本主義社会の次に「情報社会」が来るというのも幻想だった。資本主義の次に来るのは、100年前にGMやGEなどの垂直統合企業ができたときと同じ独占資本主義かもしれない。