いまマクロ経済学の主流は「ニューケインジアン」と呼ばれているが、その中身はケインズとは無関係な新古典派の均衡理論である。サマーズはこれを否定し、「新しいオールドケインジアン経済学」が必要だという。

ニューケインジアンは経済はつねに均衡に戻ると想定し、それが価格硬直性で一時的な不均衡状態にあるだけだと考える。しかし日本でこの20年、欧米ではこの10年続いてきたゼロ金利(マイナスの自然利子率)は、この投資不足(貯蓄過剰)が一時的なものではないことを示している。その原因としてサマーズがあげるのは、次のような構造的要因である:
  1. 高齢化による耐久消費財や住宅の需要不足
  2. 情報技術革新による資本財の価格低下
  3. 巨大企業の独占による新規投資の阻害
  4. グローバル化による所得格差の拡大
このうちケインズの時代にもみられたのは3ぐらいで、あとは21世紀に固有の現象だ。特に2から4は1980年代に始まったIT革命の影響である。蒸気機関や電力のような汎用技術の影響が社会全体に広がるには半世紀ぐらいかかるのが経験則だが、ようやくITの社会的影響が(意図せざる形で)出てきたのかもしれない。

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Rachel-Summersは、これを計量分析で明らかにしている。それによると図のように1980年代から民間部門の投資不足は増加しており、先進国全体で自然利子率は3%ポイント下がった。もし公的部門の財政赤字(特に社会保障)がなかったら、7%ポイント下がっただろうと推定している。
これはマクロ経済政策にも重要なインプリケーションがある。短期的にはコロナ対策の財政支出が必要だが、長期的にはどこまで財政赤字を拡大できるだろうか。サマーズの分析が正しいとすると、自然利子率をあと3%以上あげる財政支出が必要である。

自然利子率はおおむね潜在成長率に等しいので、GDP比3%の財政支出が正当化できる。これは短期の景気対策ではなく、今後50年ぐらい財政赤字を続けてもいい(続けるべきだ)というのがサマーズの主張である。

私はこれには賛成できない。マクロ経済のバランスのために高齢者偏重になっている社会保障の赤字をさらにふくらませるのは社会的に不公正であり、サマーズの予想が誤っていた場合には財政破綻をまねく。

それより素直な政策は、政策金利をマイナス3%にすることだ。そうすればISバランスも均衡する。ただ日銀がこれ以上金利を下げると銀行経営が破綻するので、期限つき政府紙幣のような形で日銀券とは別に出せばいい。