新型コロナに対して各国政府は巨額の財政支出を行い、政府債務のGDP比は歴史上かつてない大きさになった。これによるインフレの再燃を心配する声もあったが、物価も金利も落ち着いている。Economist誌によれば、これはマクロ経済政策に大きな転換を迫るものだ。

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通常のマクロ経済学では、財政支出はいずれ増税でファイナンスされるのでフリーランチはないと考える(リカードの中立命題)が、現実の個人はそんな遠い将来のことは考えない。その場合は財政支出はフリーランチになる。

Woodford-XieはDSGEにもとづいた精密なモデルで、この考えを肯定している。中立命題が成り立つのはすべての個人が無限の将来までの財政収支を考える場合の話で、個人の時間視野が財政収支計画より短い場合にはフリーランチが可能になる

これはMMTの主張に似ているが、MMTには金利の概念がないので、政府支出が増えて国債が暴落し、金利が上がったらどうしていいかわからない。Woodford-Xieはこれについて大胆な答を提案する。中央銀行が国債を買い入れてゼロ金利を維持するのだ。

今の中央銀行はインフレ目標を守るために金利を動かすが、これは1990年代以降の便宜的な政策で、インフレ目標には理論的根拠はない。中銀が一時的にインフレ目標を超えてもゼロ金利にコミットすれば、財政と金融の協調で経済を安定化できる、というのが彼らの理論である。

インフレ目標から金利目標へ

これはMMTのように財政政策で無限に成長できるという話ではなく、所得水準は所与で、その変動を最小化することが目的である。

財政政策では一時的に景気後退を防ぐことができるが、それを長期的に続けるとインフレになる、とマクロ経済学の教科書では教わる。だがそういうインフレはここ30年ぐらい先進国では起こったことがない。

特に日本ではインフレ目標を設定して大規模な量的緩和をやっても、インフレは起こらなかった。それなのにインフレを心配して財政出動に慎重になるのはおかしい。

財政出動で問題になるのは国債の増発で、財政赤字が一定の規模を超えると、債券市場で国債が消化できなくなり、金利が上がる。これが財政支出の限界になる、というのがWoodford-Xieのモデルである。

この場合には中銀が国債を買えばいいのだが、これによってマネタリーベースが増えるとインフレになるおそれがある。それをインフレ目標でコントロールするのが普通の発想だが、彼らは一時的にはインフレ目標をオーバーシュートしてもいいという。

普通は予想インフレ率が上がると、それによって名目金利が上がり、それによって予想インフレ率が上がる…というスパイラルに入ると想定するが、これは極端なインフレが起こる場合である。Woodford-Xieはこれを数値シミュレーションで計算し、中銀が今までの金利政策を守る限りインフレは発散しないと結論する。

これは実質的な金利目標で、こういう議論はフリードマンの時代からあった。理論的にはインフレ目標を決めて金利で調節することも、金利を固定してインフレ率を動かすこともありうるが、今までは後者が「財政規律を損なう」とか「通貨価値を毀損する」といわれてタブーになってきた。

しかし今のようにゼロインフレ・ゼロ金利が続くとき、どっちを固定するかは実務的には大した違いがない。日本の財務省の財政規律は過剰なので、ゆるやかに通貨価値を毀損する政策も理論的にはありうる。現実に日銀のやっている量的緩和も、国債を買い入れてゼロ金利を守り、インフレ率を動かす政策である。

Woodfordのような大御所が、こういう財政インフレを許容する理論を提唱したのはおもしろい。彼はFTPLの理論家なので、これは「インフレ予想を連続的に変えられる」というモデルともいえる。まだ荒っぽく、予想インフレ率のパラメータ設定に依存しているが、インフレ目標後の金融政策として影響があるかもしれない。