優生学と人間社会 (講談社現代新書)
れいわ新選組の大西恒樹氏の「命の選別」発言が「優生思想だ」と批判を浴びた。自民党のツイッター騒動でも、マスコミはこれを「優生学だ」と槍玉にあげた。ここでは優生学が悪の代名詞になっているが、それは科学的には自明ではない。

日本には「優生保護法」という法律が1996年まであった。今は「母体保護法」と名前を変えているが、不妊手術や妊娠中絶手術を合法化する中身は同じだ。強制的な不妊手術については憲法違反だという訴訟が起こされているが、「経済的理由」による中絶は自由である。

優生学はナチスと結びつけられるが、人種差別や民族浄化とは無関係である。それは個人の能力がどこまで遺伝によるものかを検証する学問で、マックス・ウェーバーも支持していた。ケインズはイギリス優生学協会の会長だった。それは極右の思想ではなく、むしろフェビアン協会などの社会民主主義者が支持していた。

1907年に犯罪者や精神障害者の不妊手術を合法化する「断種法」が世界最初に制定されたのは、アメリカのインディアナ州だった。1930年代から優生学の中心になったのは北欧で、デンマークやスウェーデンでは強制的な不妊手術が行われた。社会保障の負担になる障害者を減らす産児制限は「福祉国家」の一環だったのだ。

「命の選別」は避けられない

精神障害が遺伝するかどうかは疑問だが、子供が正常な生活を営めるかどうかは疑わしいので、これに歯止めをかける政策は考えられる。ケインズは「自由放任の終焉」でこう論じている。
どの程度の人口が望ましいかを考慮した国家政策を必要とする時がすでに来ている。この方針を解決した後、それを実行に移すための措置を講じなければならない。 そのあと社会が将来のメンバーの数だけでなく生得的性質(innate quality)に注意を払わなければならないときが来るかもしれない。
これは彼の総需要管理政策と同じ「社会工学」の発想で、北欧とも共通だった。当時は産児制限が重要な政策だったので、人口をコントロールするとき、その質も考慮すべきだという考え方はありえた。優生学を創始したのはダーウィンの甥ゴルトンで、その背景には自然淘汰のメカニズムが人類にききにくくなったという認識があった。

かつて産まれた子供の多くは1歳になるまでに死亡して淘汰されたが、近代以降、医療が発達して乳幼児死亡率が下がり、ダーウィン的なメカニズムが働きにくくなった。低所得者は子供をたくさんつくるので、それを放置すると人口の質が下がる、という問題が真剣に議論された。

人間の集団を生物と同じと考えると、強い個体が生き残って弱い個体が淘汰されるのは当然だということになる。このような社会ダーウィニズムは、日本でも東大総長をつとめた加藤弘之が主張して民主主義を否定した。統治者の観点からみると、強者が弱者を支配するのは合理的だからである。

これは今ではとんでもない危険思想だと思われているが、人間に淘汰圧がきかなくなっていることは事実である。遺伝形質の進化は1万年単位の問題だが、社会保障の負担は現実の問題である。

かつては人口の増えすぎが問題だったが、今は高齢化で弱者が増えている。安楽死を認めるべきだという意見も増えてきた。優生学とは違う意味で「命の選別」は避けられないのだ。