汚穢と禁忌 (ちくま学芸文庫)
きょうも東京では新型コロナの感染者が243人出たと騒いでいるが、コロナウイルスを見た人はいない。圧倒的多数の人々にとってはそれは想像上の危険でしかないが、それをこれほど多くの人が恐れるのは興味深い。

感染症が病原体によって起こるとわかったのは150年ぐらい前である。それまでは疫病の正体は見えないので、死体や排泄物は汚物として日常生活から排除された。汚物は両義的な意味をもち、聖なるシンボルとして儀礼で重要な役割を果たす。本書は1966年に書かれた文化人類学の古典である。

たとえば葬儀に糞尿を使う慣習は未開社会に広く見られる。葬式の前後には、性的なタブーも解除される。こういう慣習は現代にも残っており、ニューオーリンズでジャズが生まれたのは、墓地に隣接する売春街だった。日本でも、吉原の遊郭は鶯谷の墓地に隣接していた。死や性などのタブーにふれることで人は日常の抑圧から解放され、秩序をリセットするのだ。

こうした儀式は近代社会では力を失ったが、社会を脅かすリスクがなくなったわけではない。かつては神罰を恐れた人々が今日ではコロナウイルスを恐れるが、目に見えないのは同じだ。このため人々は、ウイルスを排除するためにはいくらコストをかけてもかまわないと思うのだ。ゼロリスク信仰は「聖なる汚物」を排除する儀式である。

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