イエスとその時代 (岩波新書)
新型コロナの死者は累計で50万人を超えたが、これは毎年100万人以上が死んでいる結核やマラリアなどに比べれば、史上最大の疫病というわけではない。疫病は人類の最大の脅威であり、その正体は19世紀末までわからなかったので、病人を隔離する「社会的隔離」が共同体を守る唯一の手段だった。この点では現代も古代とあまり変わらない。

医療は病人を安静にして回復を祈ることぐらいしかできなかったので、医師と呪術師に本質的な区別はなかった。その意味でイエスは医師だった、と本書はいう。福音書に数多く描かれているイエスが病人を癒やしたという奇蹟物語は、キリスト教会では「ご利益宗教」として軽視されているが、むしろそこにイエスの特色がある。

それまでの預言者が「神の国」の到来を告げて権力を批判したのに対して、イエスは民衆の中に入って病人を救済した。もちろん現代的な意味で治療したわけではないが、家族から隔離された病人に「家族のもとに帰ってよい」という帰還命令を出すのがイエスの特徴だった。
そして彼のもとに一人の癩病人が来る。彼に頼んで、膝まづき、言う、「もしもお望みなら、あなたは私を清めることがおできになります」。彼は怒って、手をのばしてその男にさわり、言う、「望む。清められよ」。そしてすぐに、癩はその男を離れ、その男は清められた。そしてその男をきつく叱りとばし、すぐに追い出した。(マルコ1:40~43 田川建三訳)

ここで問題は、彼が癩病(ハンセン病)患者を治療したかどうかではなく、ユダヤ教の律法で罪人として隔離されていた患者を家族のもとに帰したことだ。それは公然たる律法の否定であり、差別されていた障害者や貧困層の共感を呼ぶ一方、ユダヤ教徒の反発を招いた。

今週の金曜から始まるアゴラ読書塾「疫病と文明」では、このような感染症という角度から宗教や差別の問題を考えたい(申し込みはまだ受け付け中)。