most_adaptable_to_change_poster-p228339548256655541tdcp_400自民党のマンガをめぐって専門家もまじえた論争が続いているので、このブログでも書いたことをおさらいしておく。引用された言葉はダーウィンの著書にはないが、これは誤用ではない。『種の起源』には次のような言葉がある。
すべての生物は自然界の経済秩序の中での居場所を求めて闘争しているという言い方ができるわけだが、競争相手との関係でそれ相応の変化や向上ができない種は、たちまち滅んでしまうだろう。(第4章)
ここでダーウィンが述べているのは「種」の変化だが、これは厳密にいうとおかしい。自然淘汰の単位は個体であって種ではないからだ。しかし種を「集団」と解釈すると、これは最近の新しい集団淘汰の理論と共通点がある。

こういう理論を人間の社会に適用することも誤用ではない。これを「獲得形質が遺伝する」というルイセンコ説と混同して批判するのは誤解だ。獲得形質が遺伝しなくても、人間は文化的遺伝子で進化するというのが最近の生物学の結論である。

生物の突然変異はランダムで目的がないが、人間の集団には目的がある。これは蟻のような社会性昆虫のコロニーと同じだ。蟻はその目的を知らないが、人間はそれを言葉で共有し、文化的遺伝子(ミーム)として蓄積して急速に進化できる。それが人類が数百年で地球の生態系を大きく変えた原因である。

こういう社会ダーウィニズムを「人種差別だ」と排除するのも誤りである。すべての集団はダーウィン的な競争で生き残ってきた。その最たるものが戦争である。いま先進国の多くがデモクラシーを採用しているのは、それが国民を動員する総力戦にもっとも強い政治体制だからである。この点でダーウィニズムを国家に適用する自民党のマンガは間違っていない。

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