ニューズウィーク日本版の特集で、西浦博氏が基本再生産数Roを2.5と想定した理由を率直に語っている。彼は「SIRモデルによるシミュレーション」と明言した上で、次のように説明する。

日本では北イタリアのように全く制御できないような大規模流行が十分な期間、観察されていないため、流行対策に影響されていない、流行を丸腰で受けた場合の基本再生産数Roが定量化できていない

他方で一人当たりの感染者が生み出す2次感染者数の平均値、つまり実効再生産数を経時的に推定している際、3月中旬以降に全国で2を少し超える程度で安定な挙動を示したことから、流行対策の行われない状況下では2を超える安定的な値を取るものと考えられる。

そのため、3月中旬までの欧州諸国の推定値が2から3の間にあることに基づき、便宜的にドイツにおける流行の推定値である2.5を利用して数値計算を実施してきた

これは3月19日の専門家会議で彼が示したシミュレーションとまったく同じである(ソースコードはGitHubで公開されている)。

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だから論理的には一貫しているのだが、気になるのは3月の計算のパラメータを彼が変えていないことだ。ニューズウィークの対談で、彼はこう説明している。

最近まで日本の実効再生産数(ある時点における実際の再生産数)は1を切った状態で維持されてきたが、今回の事例だと、接触率が戻ると実効再生産数も戻ると考えられる。というのも実効再生産数は2つの要素に比例していて、1つが感受性を有する人の比率で、何%の人が免疫を持っているのかを差し引いたものだ。

もう1つは接触率であり、接触回数に依存する。感受性を持っている人に関しては今ほぼ100%に近いまま移行しているので、実効再生産数はほぼ接触率だけで決まっている。つまり接触が元に戻ると、実効再生産数は一気に上がってしまう。
これは当ブログでも紹介したように、βを接触率、γを回復率とすると、

 Ro=βS(0)/γ

感受性S(0)を1と考えていることを意味する。これだとRo=β/γだから、彼の設定のように回復期間1/γが4.8だとするとRo=4.8β。したがってRoが接触率βに比例することは自明である。このときβ=0.52だが、Ro=1となるβの閾値は0.2なので、接触率を6割削減すればRt<1になって収束する。これを2割水増ししたのが「8割削減」である。

しかしS(0)は本当に100%なのだろうか。これが6割減ったら接触削減と同じ効果があり、「流行対策」なしでもRt<1になる可能性がある。それは西浦氏の念頭にはまったくないようだが、宮坂昌之氏が彼を批判したのはこの点だった。

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これは宮坂氏の描いた集団免疫の概念図だが、従来の集団免疫が獲得免疫(抗体により付与される免疫)に限定されているのに対して、新しい考え方では自然免疫とT細胞とB細胞が協力してウイルスに対抗する。

そのメカニズムはウイルスによって違うが、コロナの場合は自然免疫の影響が大きかったようだ。逆にいうと従来のSIRモデルは免疫に獲得免疫しかない特殊な場合であり、こういう場合には人口の100%が感染可能で、同じ再生産数で指数関数的に感染が拡大する。

これは真空状態の思考実験であり、現実にはそんなことは起こらない。21世紀に入ってもSARSやMERSがパンデミックにならなかったのは、獲得免疫以外の要因で感染が減衰したためだろう。

今回の東アジアの場合には、免疫の交差反応のような獲得免疫と、BCG接種や結核による自然免疫の強化が補完的に働いた可能性もある。アフリカで意外にコロナが少ないのは、結核の感染率との逆相関かもしれない。このように感受性を変数と考えると「ファクターX」も広い視野から考えることができるのではないか。