日本中が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で大騒ぎだが、こういう疫病は歴史的には珍しいものではなく、それがパンデミック(世界的流行病)になって歴史を変えたことも少なくない。史上最大の帝国を築いたモンゴル帝国が14世紀にあっけなく崩壊した一つの原因は、黒死病(ペスト)の大流行だと考えられている。

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地球の平均気温の推定(Wikipedia)

図のように地球は14世紀から小氷河期に入り、寒さで免疫力が低下し、農業生産も激減した。黒死病はアジアで発生したが、シルクロードを通ってヨーロッパに広がったので、それを伝えた遊牧民のモンゴル帝国は崩壊し、ヨーロッパの人口も黒死病で3割減った。

カトリック教会の没落

黒死病は1347年に始まり、その後300年にわたって全ヨーロッパで断続的に流行した。これにまったく無力だったキリスト教会の権威は失墜した。トマス・アクィナスに代表される壮大な神学大系は、身近な人が次々に死ぬ状況を何も説明できなかった。聖職者の死亡率は普通の農民と変わらなかったので、教会に罪を告白すれば救われるという教えは誰も信じなくなった。

誰が死ぬかは神があらかじめ決めた運命だという宿命論が説得力をもつようになり、教会を批判する異端派が各地に生まれた。世界を統一するのは人間(教皇)ではなく神だと主張して聖書中心主義をとなえたのが、ウィクリフやフスだったが、カトリック教会に弾圧された。

このような異端派がプロテスタントの起源となり、ルターやカルヴァンは教会の弾圧と戦って宗教戦争が起こった。この宗教戦争に勝ち抜いたのは重火器で武装した国であり、その経済力を支えたのが資本主義だった。

黒死病は宿主を殺し尽くすと終わったが、資本主義は国家に寄生して世界に広がった。それはウォーラーステインのいうように富の追求という単純な原理で国家を包摂する世界=経済を築き、植民地に寄生する疫病になったのだ。

資本主義という疫病

黒死病が資本主義を生んだもう一つの要因は人手不足である。黒死病の流行した時期には百年戦争もあって人口は減少し、イギリスの人口が増加に転じたのは1500年以降だった。このため賃金が上がり、労働節約的な技術進歩が行なわれた、というのがアレンの説明である。

しかし労働人口が減っても、労働需要が増えないと賃金は上がらない。その原因として彼があげるのは、毛織物である。中世のイギリスは毛皮を輸出し、毛織物を輸入していたが、黒死病で労働者が激減したので、労働集約的な牧畜業では採算がとれなくなり、毛足の長い毛皮から毛糸をつくる産業が出てきた。

これによって高い賃金で毛織物などの贅沢品を消費する労働者が増え、食糧以外の消費財産業が出てきたので、工業化が始まった。このときも毛織物と競合するインドの綿織物を輸入禁止にする保護貿易が重要な役割を果たした。こういうあからさまな保護主義ができたのも、当時のイギリス政府が貴族や地主と一体で、彼らの既得権を守ったからだ。

つまり新興のブルジョアジーが「市民革命」や「産業革命」で旧体制を打倒してイノベーションを起こした、という教科書の物語は逆で、中世以来の貴族の既得権を守り抜いたイギリスが、黒死病や戦争で貴族が壊滅した大陸を出し抜いた、というのが実態に近い。島国のイギリスが相対的に平和だったメリットは大きく、これは日本と似ている。

ながい戦争に疲れたカトリックとプロテスタントは妥協し、政教分離によって休戦した。資本主義は政治や宗教とは無関係な市場原理となり、キリスト教的な普遍主義で世界に広がった。そのイデオロギーがアダム・スミスの「自由主義」だったが、現実には当時のイギリスは、前述のように保護主義だった。

金もうけという単純な目的を追求する資本主義は、文化の違いを超えて世界に広がり、今では中国共産党にも寄生するようになった。この意味で資本主義は、地球上のあらゆる国家に寄生する疫病のようなもので、人類がこれを逃れることはむずかしい。