佐藤栄作-戦後日本の政治指導者 (中公新書)
アゴラにも書いたように、安倍首相は岸信介より佐藤栄作に似ている。佐藤は兄の岸ほど優秀だったわけではなく、確たる政治信念もなかったが、人事をあやつる手腕は超一流で「人事の佐藤」と呼ばれた。初期には右派の核武装論者とみられたが、政権につくと「社会開発」を重視する左派になった。

そういう佐藤の路線を決めたのは「70年安保」だったと本書はいう。60年安保のように70年安保でも大衆運動で内閣が倒れると考える人は、60年代後半には少なくなかった。ベトナム戦争に協力した佐藤首相は、今の安倍首相よりはるかにダークな悪役で、「ストップ・ザ・サトウ」という変なスローガンで各地に革新自治体が生まれた。

ベトナム反戦運動から始まった学生運動が世界的に大きな盛り上がりをみせ、70年安保は「保守政治の全面的危機」と意識されていた。沖縄の「核抜き本土並み返還」や「非核三原則」などの佐藤の平和主義的な装いは、こうした危機を乗り越える対策だったので、自民党も派閥を超えて協力した。これが佐藤内閣が長期政権になった原因である。

しかし学生運動は1969年の東大安田講堂の攻防戦をピークに退潮し、その年の末の総選挙で自民党は300議席を超える圧勝だった。1970年6月の安保条約の自動延長は何事もなく過ぎたが、そのあと佐藤の求心力は急速に衰えた。凧のように強い逆風で維持されていた政権は、風がやむと落ちていくしかなかったのだ。

続きは2月17日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。