興亡の世界史 大清帝国と中華の混迷 (講談社学術文庫)
沖縄の問題と韓国の問題が似ているのは偶然ではない。どちらも19世紀まで清の属国だったという共通点があるからだ。これは華夷秩序という中国の伝統的な外交関係で、琉球は清の属国だったが、実質的には島津藩に支配されていた。

日本が琉球を全面的な支配下に置かなかったのは、それが日清両属であることで中継貿易の結節点になったからだ。琉球はこの地位を利用して貿易で繁栄したが、こういう曖昧な関係は明治以降は維持できなくなった。

日本は台湾出兵を行い、それを既成事実として沖縄の領有権を主張した。国際法では、領土は先に占有権を主張した国のものになるからだ。これに対して清は有効な対抗策をとれず、日本は琉球国を沖縄県として領土の一部にした。この1879年の「琉球処分」が、日清戦争の前例となった。

李氏朝鮮も清の属国だったが、その関係は国際法上は明確ではなかった。日本はそこに介入し、日清戦争後の下関条約で「朝鮮の独立」が明記された。日清戦争は、華夷秩序と国際法の制度間競争だったのだ。これによって華夷秩序は解体され、 朝鮮は大韓帝国となったが、それは日本の保護国になる第一歩だった。

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