日本ではまだMMTなどという古い話にこだわっている人がいるようだが、世界的にはそんなものは問題になっていない。大論争になっているのは、ブランシャールやサマーズの提案した財政と金融の協調である。この論争にスタンリー・フィッシャー(元FRB副議長)も参加した。

従来のマクロ経済学では、景気安定化策に財政政策を使うのは効率が悪く、金融政策でやるべきだと考えられていたが、2010年代の先進国経済(DM)は流動性の罠に陥って、金融政策がきかなくなった。他方で図のように、財政支出の余地(実質金利-実質成長率)は大きい。

fischer

このため財政支出を増やすべきだという議論が高まっているが、財政インフレをコントロールする手段がはっきりしない。MMTのいうような増税は簡単にできない。フィッシャーの提案は、これを中央銀行が長期国債の買い入れでコントロールしようというものだ。

中銀は財政支出とインフレ率の目標を決め、イールドカーブがフラットになるまで長期国債を買い入れる。予想インフレ率が目標を上回ったら、買い入れをやめる。これは明示的な財政ファイナンスで、日銀のやっているイールドカーブ・コントロールに近いが、長期金利で財政はコントロールできるのだろうか。
第一の問題は、中央銀行の通貨供給でインフレがコントロールできるのかということだ。日銀の経験では、少なくとも黒田総裁になってから明示的に長期国債やETFなどの有価証券の買い入れを増やしているが、長期金利はマイナス0.3%という状態である。その最大の原因は貯蓄過剰が非常に大きく、財政拡大で吸収できないからだ。

もう一つの問題は、財政支出が増えて経済が過熱したとき、インフレを抑えることができるのかということだ。財政インフレは単なる金融的な現象ではなく、投資家の財政に対する不安から起こる債券価格や為替レートの暴落が原因なので、中銀の資産買い入れで吸収するには限界がある。

この点で各国の中銀に対する規制は、時代遅れになっている。日本では財政法で日銀による国債の引き受けを禁じ、日銀は外為市場への介入もできないが、これは緊急時に日銀が対応する能力を制約するので、制度改正が必要である。

フィッシャーの提言は、中央銀行の独立性を守ってルールにもとづく財政政策を行おうとするもので、政治的に受け入れやすいが、その限界もある。彼らの提言では、財政ファイナンスはあくまでも流動性の罠に陥っている「非常時」の政策で、通常に戻ったらやめることになっているが、そういう「出口」のルールは守れるのだろうか。

インフレ目標2%ぐらいでは、インフレ予想を変える効果はないだろう。理論的にはこれを3%、4%…と上げていけばいいのだが、それは危険だから政治的にできないだろう。長期停滞のトップランナーである日本の経験からいうと、財政支出がききすぎる懸念よりきかない懸念の方が大きい。