ネットは社会を分断しない (角川新書)
現代社会が保守とリベラルに二極化している、というのはよくいわれる。その原因がインターネットだというのもありふれた意見だが、実態はどうなのだろうか。本書はこれを10万人のアンケート調査で検証した計量分析をまとめたものだ。

結論からいうと、分極化していることは事実だが、その原因はネットではない、というのが計量データの示す結果だ。ここで保守かリベラルかというのは、「憲法9条を改正すべきか」など10問の質問にどう答えるかを基準にしている。

ネットが普及したことが分極化の原因なら、スマホを使いこなしている若者のほうが分極化の傾向が強いはずだが、データでは分極化しているのは中高年で、若者は穏健化しているという。ネット世論が分極化しているようにみえるのは、1年に60回以上書く「ヘビーライター」が極端な意見を書くからだ。人数では0.23%しかいない彼らの書き込みが、投稿総数の50%を超える。

ネットメディアやツイッターの読者の傾向も個別に分析しているが、アゴラの読者や池田信夫のフォロワーは中間で「やや保守」の傾向だという。これは妥当なところだろう。最右派はチャンネル桜で、最左派はリテラ。彼らは極端な意見を意識的に集めているが、アゴラはそういう特定のポジションを取らないからだ。
読者が自分の政治的傾向に合うウェブサイトしか見ないという「カスケード化」は、それほど強くない。保守・リベラル一方だけの意見に接する人は5%以下で、接する意見の40%は自分と逆の意見の持ち主だという。これは多くのマスコミが有料であるのに対してネットは無料なので、多様な媒体に接しているためだ。

ただ書き手はそれほど多様ではない。これはネットが、ごく少数のヘビーライターが大きな影響力をもつロングテール型の分布になっているからだ。こういう「インフルエンサー」はネット上の言論で生活できるので、多くの投稿を続けるインセンティブをもつ。大部分のユーザーは、誰も読まないのであきらめてしまう。

結果的にユーザーの分布はそれほど分極化していないのに、ネット上の言論は分極化する。つまり過激な論客が過剰代表されてしまうのだ。実際にはネットユーザーは若くなるほど穏健になっており、インターネットは基本的に健全だ、というのが本書の結論である。