アゴラの山本太郎氏の記事にはわかりにくい点があるので、補足しておく。彼の公約の目玉は「消費税の廃止」だが、その効果を参議院調査情報担当室のシミュレーションで示しているのがおもしろい。これはMMTのような「どマクロ」ではなく、主流派マクロ経済学(DSGE)のモデルを使ったものと思われる。同じような結果は、Galiの減税シミュレーションでも出ている。

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これは財政赤字を国債でファイナンスした場合(青)と、中央銀行がマネタイズした場合(赤)の比較だ(横軸は年、縦軸は%)。国債では何も起こらないが、マネタイゼーションをすると3年後に0.4%でピークアウトし、7年後には元に戻る。つまりマネタイゼーションでもハイパーインフレは起こらないが、所得や消費の増加も5~6年で終わる。賃金がどんどん増える参議院のシミュレーションはおかしい。

インフレが収斂する原因は、国民が無限の将来まで合理的に予想するからだ。今年の減税はいつか増税されて財政は均衡すると考えて行動すると、増税も減税も人々の消費や投資に中立だ(リカードの中立命題)。しかし中立命題は実証的には成り立たない。人間は合理的ではないので、減税は人々の予想に影響を及ぼすのだ。

投資家が「国債は危ない」と予想すると金利が上がり、それを防ぐために日銀が国債を買うとマネタリーベースが市中に出て、財政インフレが起こるおそれがある。それが先進国ではめったに起こらないのは政府への信頼が強いからだが、信頼が失われる場合もある。山本氏のような政治家が首相になって「政府の借金は返さない」と宣言したときだ。

何も起こらないことが日本経済のリスク

つまり普通のインフレと財政インフレは複数均衡になっている。普通は資金需要が増えて金利が上がると、投資が減って金利が下がる負帰還(negative feedback)がはたらくが、財政インフレでは投資家が「国債が危ない」と予想して国債を売ると価格がさらに下がる正帰還(positive feedback)が起こる。前者が普通に想定されているインフレだが、後者がハイパーインフレになる。それをわけるのは金融政策ではなく、財政政策のスタンスが変わったときだ。

こういう問題は昔から論じられており、Sargentの古典的な業績がある。フリードマンは「インフレはつねに貨幣的な現象だ」といったが、サージェントは「ハイパーインフレは財政的な現象だ」といった。

しかしこういう非線形のインフレは、合理的個人を想定するDSGEでは出てこない。ガリのシミュレーションでも、リカード的な合理性を想定する限り、財政インフレでも(よくも悪くも)何も起こらないのだ。これは先進国の経済では、ありそうなことだ。特に日本のように政府に対する信頼の強い国では、銀行が国債を売りまくることは考えられない。

そういう不連続な予想の変化を起こすのは、意外にむずかしい。これは日銀の黒田総裁も痛感したことだろう。彼の「量的・質的緩和」は先進国には珍しい極端な金融政策だったが、「インフレ期待」を起こすことはできなかった。それはいいこととは限らない。政府や日銀が何をしても何も起こらないことが、日本経済の最大のリスクなのだ。