財務省と政治 - 「最強官庁」の虚像と実像 (中公新書 2338)
消費税は多くの政治家の運命を翻弄した「魔の税」である。最初に「一般消費税」を公約に掲げたのは大平正芳だったが、1979年の総選挙で大敗して「40日抗争」をまねき、翌年の総選挙の最中に急死した。中曽根康弘は総選挙で「大型間接税はやらない」といいつつ売上税法案を出したが、国会で廃案になった。

大蔵省は竹下派の政治力に期待し、公共事業で自民党に貸しをつくって増税の計画を進めた。消費税ができたのは、竹下内閣の1989年だった。大蔵省はその後継者と目された小沢一郎氏に運命を託し、『日本改造計画』の編集長も大蔵省の課長がつとめた。そこには「消費税10%」が明記されていた。

しかし小沢氏は、その直後に離党した。バラバラの細川内閣を束ねたのは大蔵省をバックにした小沢氏の求心力だったが、大蔵省は自民党と対決する結果になった。1993年に小沢と斉藤次郎次官が仕組んだ「国民福祉税」は失敗し、小沢は1年足らずで政権を失った。55年体制では自民党との貸し借りで「夫婦も同然」の関係を築いてきた大蔵省が「下野した途端に冷たくなった」と自民党は恨み、報復が始まった。

大蔵省は不良債権処理で失敗を重ね、その権威は失墜した。政府債務が急速に膨張してGDPの100%を超えたのは、住専への公的資金投入で大蔵省が批判を浴びた1996年である。その後20年余りでさらに倍増した政府債務は、かつての「最強官庁」財務省が自民党との闘いに敗れたことを示している。

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