日経新聞によると、経済産業省はフランスと共同開発している高速炉ASTRIDの開発を断念したようだ。こうなることは高速増殖炉(FBR)の原型炉「もんじゅ」を廃炉にしたときからわかっていた。

原子力開発の60年は、人類史を変える壮大な夢とその挫折の歴史だった。1954年に原子力委員会(AEC)のストラウス委員長は原子力によって「電力は測るには安すぎるエネルギーになるだろう」と予想し、1971年にシーボーグAEC委員長は「20世紀中には世界の電力のほとんどが原子力で発電されるだろう」というビジョンを語った。

彼らのビジョンは70年代までは順調に実現するように見えたが、1979年のスリーマイル島原発事故と1986年のチェルノブイリ原発事故で、世界の原子力開発は大きく後退した。

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