現金の呪いーー紙幣をいつ廃止するか?
ゼロ金利で伝統的な金融政策はきかなくなったが、理論的にはもっと大きなマイナス金利にすることができる。政策金利を(たとえば)マイナス2%にして、預金に2%課税すればいいのだ。これによって預金者は貯蓄を取り崩して消費し、貯蓄過剰は解消されるだろう。

この解決策の難点は、預金者が預金を取り崩してタンス預金にすることだ。そこで著者は紙幣の廃止を提案する。通貨をすべて電子化したらタンス預金は不可能になり、マイナス金利をつけるのも簡単になる。日銀券を全面電子化したら、金融政策の自由度が飛躍的に高まるだけでなく、脱税は不可能になり、地下経済もなくなる。

しかしそれが、この種の提案が実現しない政治的障害だ。本書はそういう難点を解決する具体策もいろいろ提案している。仮想通貨などの技術は飛躍的に発展したので、向こう50年ぐらいを考えると、これが究極のマイナス金利問題の解決策かもしれない。
紙幣を廃止するという話は古くからあり、ケインズも『一般理論』で紙幣に定期的にスタンプを押さないと使えないようにするゲゼルの案を(冗談で)紹介している。紙幣は消費を減退させ、犯罪の温床になるのでなくすべきだという意見は今でも珍しくない。EUでは、500ユーロ札の印刷が停止された。

特に日本は現金の利用率が高いので、著者も日本語版への序文で、1万円札が通貨残高の90%以上を占めていることを指摘し、1万円札の廃止を提言している。今年10月の消費税の増税のとき、キャッシュレス決済に5%還元するなど、紙幣の使用を促進する政策が取られているが、他方では2024年から渋沢栄一の1万円札を発行する。

現金は決済手段だけではなく、価値貯蔵手段としても使われる。銀行間の取引で紙幣が動くことはほとんどなく、日銀当座預金の額を電子的に書き換えるだけだ。つまり現代社会の通貨は金との兌換性がなくなっただけではなく、紙幣という物理的な媒体もほとんど必要としないのだ。

紙幣と電子マネーに為替レートを設定する

これは単なる地下経済の話ではなく、金融政策の有効性にからむ重要な問題である。銀行は金利のつかない通貨を企業に貸して金利を取るビジネスだが、それがゼロ金利では成り立たない。それを打開するために量的緩和が行われたが、これもきかない状況では紙幣の廃止は意味のある選択肢だ。

現実的な政策としては紙幣を全面的に廃止する必要はない。アゴラにも書いたように、日銀当座預金のうち現金に大きなマイナス金利を適用し、「紙幣円」と「電子円」を別扱いにして為替レートを設定し、銀行間では紙幣円は使えないことにすればいい。

たとえば紙幣円100円=電子円95円に設定すると、普通の消費者は電子円を使うだろうが、電子マネーのきらいな消費者は100紙幣円で商品を買うこともできる。店はそれを銀行で95電子円に交換して決済に使う(紙幣は決済に使えない)。銀行間では電子円しか使えないことにし、紙幣円は取引用だけの例外とする。

実際にはもっと複雑なしくみが必要だが、ポイントは紙幣円/電子円の為替レートの設定で紙幣だけにマイナス金利をつけることだ。この為替レートは電子的に変更できるので、5%のマイナス金利は3%にすることもゼロにすることもできる。紙幣でもつのは自由だが、そのぶん機会費用を払わなければならない。

これは合理的な制度だが、資産がガラス張りになるので、政治的には困難だろう。ただこれでマイナス金利をかけるしくみができると、あとは機械的にマイナス金利を決められるので、政治的な介入は少なくなる。将来は人工知能で金利を設定できるかもしれない。