アメリカ経済 成長の終焉 上
2010年代に先進国の直面している経済的な変化が単なる景気循環ではなく、資本主義の成熟による長期停滞だという説は、多くの経済学者に共有されつつある。これはリーマン後に始まった現象ではなく、1970年代から始まっていた。その原因は生産性の停滞だ、というのが本書の見方である。

これは直感に反する。一般には70年代以降、半導体やコンピュータの爆発的な技術進歩で生産性が上がったと考えられているからだ。しかし次の図のように1970年以降の生産性上昇率は2.82%から1.62%に下がり、中でも技術進歩の代理変数である全要素生産性(TFP)上昇率は、1920~70年のほぼ1/3に下がった。ソローのいうように「コンピュータはどこにでもあるが生産性統計の中にはない」のだ。

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この謎についての一つの説明は「IT革命は始まったばかりで、これから人工知能などのもっと大きなイノベーションが出てきて生産性が上がる」とか「情報通信のような社会インフラ(汎用技術)はある程度普及しないと生産性が上昇しないのでタイムラグがある」という楽観論だ。それが正しいなら、少なくともTFPは上昇傾向になるはずだが、次の図のように2010年代には、TFP上昇率はほぼゼロに戻った。

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すべての技術進歩が同じように生産性を高めるわけではない。21世紀にTFP上昇率が停滞しているのは、ITの技術進歩がGDP統計に反映されにくいからだ。PCやスマホで生活は快適になったが、物質的な生産が増えたわけではない。コンピュータはどこにでもあるわけではない。人はコンピュータを食べて生きることはできないからだ。

長期停滞は宿命か

逆にいうと1920年から70年までのアメリカが、人類史上に類をみない成長期だったともいえる。この成長は南北戦争の終わった1870年から始まり、アメリカ本土が攻撃を受けなかった2度の世界大戦(実質的にはヨーロッパの内戦)をへて確立した。それまではヨーロッパからの外需が中心だったが、第2次大戦後はアメリカが世界経済の需要を支える側になった。

アメリカの例外的な成長を支えたのは、電力の普及によるエネルギー革命だった。それは資源消費型の第2次産業革命を支え、自動車や電機に代表される製造業の全盛期が、アメリカ経済の全盛期と重なっていた。そしてドルが基軸通貨になり、自由貿易の果実をアメリカが享受した。

しかしこういう「低い果実」を取る成長は、1970年代に終わった。日本を初めとする後発国がアメリカの技術を輸入し、アメリカより安い工業製品を世界に輸出し始めたからだ。この時期にアメリカは工業製品から撤退して情報産業に重心を移し、これは付加価値ベースでは成功した。

特に1981年のIBM-PCに始まったパソコンと、1990年代のインターネットの急速な普及で、第3次産業革命におけるアメリカのリーダーシップが確立し、成長率も2000年代前半まで上がった。これが大きく下がったのは世界金融危機の前からで、アメリカの潜在成長率が下がった。

これも一時的な停滞だという見方は論理的にはありうるが、著者は否定する。今後もアメリカはイノベーションの中心だろうが、その果実を得るのは一部の独占企業だろう。アメリカの一部の企業の収益率は上がっているが、経済全体の生産性は上がらない。

このように資本主義が変質して一部のグローバル企業に独占レントが集中したことが動学的非効率性(r<g)の最大の原因なので、それを財政赤字で解決するなんてナンセンスだ。むしろ政府債務の膨張が、高齢化とあいまって将来世代の重荷になっている――というのが著者の意見である。

これは「長期停滞は資本主義の宿命だ」という、ハンセンの古典的な長期停滞論に近い。長期の供給サイドからサマーズのような介入主義を否定する本書の議論は一貫しているが、本当に長期停滞は宿命なのだろうか。