T-POINT

日本では増税する必要がないという記事に「それでも財務省は増税すると思って若い世代は消費しないのでは?」という質問が来たが、これはもっともだ。減税しても将来の増税を恐れて消費しない現象は、経済学ではリカードの中立命題(等価定理)としてよく知られている。

現実には永遠の未来の子孫の増税を恐れて消費を控える人はほとんどいないが、日本のように政府債務が大きくなって、マスコミが「財政が破綻する」とか「将来世代の負担が重くなる」と宣伝すると、そういう心理的なマイナスの効果が大きくなる。これには(理論的には)解決策がある。政府が国民に一律に現金を配ればいいのだ。

これはフリードマンが(冗談で)ヘリコプターマネーとして提案した思考実験で、荒唐無稽のようにみえるが、意外に合理的だ。現金は政府が返済する必要がないので、政府紙幣と同じく政府債務は増えない。インフレになるが、徐々に増やせばコントロールできる。将来の増税の心配がないので消費は増え、いま生まれていない世代の負担も減る、とブイターは論じている。
ヘリコプターという比喩は、ふつう中央銀行のやるように市中銀行を通じてマネタリーベースを供給するのではなく、政府が直接、現金を支給するという意味だ。これは商品券でもいいし、ポイントカードのような電子マネーで配布してもよい。消費増税のポイント還元を電子マネーでやる方法もある。たとえばすべての個人に1万円の電子マネーを渡すと、1兆2000億円の財政赤字になる。だからこれは金融政策ではなく財政政策である。

銀行に資金供給しても、ゼロ金利で貸し出しがふえないと金融緩和の効果がないが、ヘリマネだと市中に出回るマネーストックが増えるので、需要創出効果がある。標準的なマクロ経済理論(DSGE)には金融仲介機関がなく、中央銀行(統合政府)が発行した通貨がそのまま市中に出ると想定している。つまりヘリマネは、摩擦のない世界の金融=財政政策なのだ。

日銀の量的緩和はヘリマネ

これは日銀が国債を買う量的緩和と実質的に同じだ。違うのは日銀の保有する国債はいずれ売り、財務省も赤字国債は「特例国債」で原則としてはすべて償還して均衡財政にする建て前になっていることだが、そんな建て前を信じている人はいない。日銀は金利を国庫納付金として納めるので、その保有国債は無利子の永久債と同じであり、日銀が正直になればいい、というのがターナーの意見だ。
公式には、日銀はいずれ保有する国債を市場で売却し、政府は財政赤字を財政黒字に転換して借金を返すとしているが、それはにわかには信じ難いシナリオだ。逆に、政府・日銀がそうした姿勢を変えないために、人々がリカーディアン均衡から逃れられず、貯蓄に走り、政策効果が損なわれてしまっている。[…]マネタリーファイナンスを明示的に行うほうが、将来の金融安定という観点から見てもリスクが小さく、2%インフレ目標達成に向けて直接的な効果が期待できる。
ここで彼が「リカーディアン均衡」というのが、最初に書いた中立命題的な不安で、非ケインズ効果として知られている。特に若い世代が「社会保障の負担が重くなる」という不安で消費を控える効果は大きい。だから日銀が「将来増発される国債はすべて日銀が買い取って永久に保有する」といえば、その不安も小さくなるかもしれない。

もちろんヘリマネは危険である。通貨は輪転機を回せばいくらでも印刷でき、電子マネーは輪転機を回す必要もないので、財政赤字の歯止めがなくなってしまうからだ。1万円ぐらいなら国民は「もうかった」と思うだけで何も起こらないかもしれないが、政府が2万円、3万円…と増やしてゆくとインフレ予想が起こるかもしれない。

これはシムズの提案と実質的には同じだ。彼は消費税の増税を延期してインフレ予想を起こせと提言した。投資家が今後どんどん財政赤字が増えると予想すると、長期金利(政府のリスクプレミアム)が上がり、貨幣価値が毀損されてインフレになり、これによって名目金利が上がる財政インフレが起こる。

この財政インフレは、普通のインフレのように需給ギャップで連続的に起こる現象ではなく、国民の予想の変化で不連続に起こる非線形の現象だから、政府が「これで終わりだ」と宣言しても、インフレ予想が自己実現すると日銀には止められない。

これが途上国でよく起こるハイパーインフレで、そのリスクはターナーもシムズも認めているが、日本人はまじめだから大丈夫だという。しかし国民の心理が変わらなければ、何も起こらない。戦争などの外的ショックが起こると、債務危機で大インフレになるかもしれない。ちょうど2%のインフレで止める方法は、彼らも知らない。