Modern Money Theory: A Primer on Macroeconomics for Sovereign Monetary Systems (English Edition)
最近は日本でもネトウヨがMMTを受け売りして「これこそわれわれの理論だ」と宣伝しているが、経済学者のアンケートでは、MMTに賛成する人は1人もいない。誤解したまま政治的に利用されるのはよくないので、簡単に解説しておこう。

本書はMMTのほぼ唯一の入門書だが、これは金融理論というより素朴な財政哲学で、数式も統計データも出てこない。その考え方は通貨は税であるというものだ。管理通貨制度では政府と中央銀行は一体だから、自国通貨はいくらでも発行できる。政府に徴税能力がある限り国債は通貨でファイナンスできるので、政権が崩壊しない限り政府がデフォルトすることはありえない。

経済政策の目的は失業をなくして物価を安定させることであり、財政はその手段なので、「財政健全化」を自己目的化してはいけない。不完全雇用のときは財政赤字を拡大して需要を増やし、失業を減らすべきだ。これはケインズが1930年代に失業対策として提案したことだが、MMTはそれを雇用保障として制度化すべきだと主張する。これは政府が失業者を(公務員として)雇用して最低賃金を保障するものだ。

これには巨額の財源が必要だが、増税はしなくてもいい。中央銀行が通貨を増発すれば、需要が拡大して失業が減るという。そんなことをしたらハイパーインフレになる、という批判に対してMMTは、不完全雇用(需要不足)がある限りインフレにはならないと反論する。完全雇用になると失業もなくなって財政拡大も止まるので、雇用保障はインフレを防ぐ「自動安定化装置」になるというのだが、そううまく行くだろうか。

完全雇用を求めてインフレを許容する

MMTはケインズ理論を不完全雇用だけでなくインフレにも適用した、1950年代のラーナーの機能的財政論とほぼ同じだ。これはケインズ政策を制度化し、不完全雇用では財政が出動して失業を減らし、完全雇用になったら財政出動をやめるという考え方だ。財政赤字は雇用調整の手段なので、いくら大きくなってもかまわない。

ではインフレになったらどうするのか。MMTは「完全雇用を超えるとインフレになるので財政出動をやめる」という。これだと不完全雇用の経済ではインフレが起こらないはずだが、これは明らかに事実に反する。完全雇用になる所得と物価上昇率がゼロになる所得は一致しないので、政府が完全雇用を追求して財政出動するとインフレ・スパイラルになる。

それがフリードマンが指摘したことで、ここではインフレを加速しない所得に対応して自然失業率(NAIRU)が決まる。本書ではこういう標準的なマクロ経済理論を無視して、失業率とインフレに単純なトレードオフがあると想定し、雇用保障で失業がゼロになるまで財政を拡大すべきだという。そのとき物価がどうなっているかはわからない。

著者もインフレのリスクは認めるが、「インフレのリスクは過大評価されている」という。標準的な理論はインフレを防ぐために一定の(摩擦的な)失業を認めるが、MMTは失業ゼロを求めてインフレを容認するのだ。雇用保障の対象になるのは、格差拡大で困窮する最底辺の労働者だから、これがアメリカで人気の出ている理由だろう。

金利なき金融理論

しかし雇用保障は金融理論ではなく雇用政策であり、生活保護の拡大版である。こういうバラマキ福祉を始めると撤退できず、社会保障が際限なく膨張するというのが歴史の教訓だ。こういう異質な政策論を組み合わせないと成り立たないのは、経済理論として欠陥がある。著者は「MMTは雇用保障と切り離せる」というが、そうすると「自動安定化装置」もなくなる。

さらに奇妙なのは、MMTでは金利が決まらないことだ。彼らの理論では自国通貨は税と同じなので、中央銀行は政府と同じだ。そのバランスシートを統合して考えると国債は通貨と同じなので、中央銀行が国債を買い取れば政府債務は相殺でき、最適な金利はゼロである。

しかし政府が際限なく通貨を発行したらインフレが起こる。それを恐れる投資家が国債を売ると金利が上がり、それがインフレを呼んでハイパーインフレになるおそれがあるが、MMTには金利が入っていないので、どうなるかわからない。

「インフレになったら財政赤字を止めればいい」というが、どうやって止めるのだろうか。主流派の理論ではインフレになったら中央銀行が金利を上げるが、MMTのような財政インフレは、金利を上げると名目債務が増えてインフレが加速する。だからインフレを止めるには財政赤字の拡大を止める歯止めが必要だが、このへんの本書の説明は曖昧である。

この意味でMMTは金融理論というより財政理論で、ネトウヨの素朴ケインズ理論と似ている。これはゼロ金利の時代には「金融政策はきかないが財政政策はきく」という話になり、それなりのリアリティをもつ。金利も物価上昇率も説明できない穴だらけの理論だが、主流派が固定観念を捨てて長期停滞を考え直す手がかりにはなるかもしれない。