人類進化の謎を解き明かす
人類の歴史上最大の革命は、新石器時代の始まった1万2000年ぐらい前に、人々が住居に住むようになった定住革命である。従来はこれを「農業革命」の結果と考えたが、最近の調査では農耕の始まりは定住より数千年も遅いことがわかってきた。つまり定住するようになった結果、農耕が始まったのだ。

定住したのは農業の生産性が採集より高かったからだ、という従来の説も成り立たない。農耕社会と狩猟採集社会が共存していた時代の人骨の調査によれば、農耕民は狩猟民より小柄で、農耕社会では食糧が不足していたことを示している。農業の生産性が上がったのは、畑や潅漑設備が整備された後の話である。

では定住が始まった原因は何か。今のところ決定的な説はないが、著者は近隣の集団からの襲撃ではないかという。石器時代の人類の15%は、戦争や暴力で殺された。定住時代初期の住居は、戦争で身を守る要塞の役割を果たしていたように見える。戦争には規模の経済があるので大集団は小集団に勝つが、集団があまり大きくなると食糧や女性を奪い合う喧嘩が起こり、集団は内部崩壊する。

このように集団の規模とその求心力にはトレードオフがあるので、大集団の秩序を維持するには個人を集団に組み込む圧力が必要だ。しかし狩猟採集社会の移動生活に最適化した人間の脳は、そういう定住社会の同調圧力にはストレスを感じる。この矛盾を解決することが定住社会の維持にもっとも重要だった、と著者は論じる。
そのためにできたのが、道徳や宗教などの集団的な感情だが、これを宗教と呼ぶのはミスリーディングで、日本人にとっては「空気」と呼んだほうがいいかもしれない。素朴な土着信仰で重要なのは、教義ではなくケガレなどの感覚である。

たとえば排泄物をきらう感情は遺伝的にはないので、赤ん坊に排泄物の始末を教えることに多大な手間がかかる。狩猟採集社会では、排泄物のない場所に移動するので、そういう本能はそなわっていないのだ。死者を埋葬して切り離す習慣も、死者をケガレとみなして集落から隔離するものだ。

著者が強調するのは、祝祭の重要性である。移動生活に適した人間が定住するストレスを定期的に解放するために、お祭りや宴会で人々は楽しむ。このとき酒を飲む習慣も古くからあり、これによって脳内にエンドルフィンが供給され、ストレスが減る。

柳田国男がフィールドワークで観察したハレの重要性は、多くの未開社会にも共通だ。現代でも酒を飲んで「無礼講」でストレスを発散する慣習には、集団と個の矛盾を解決する機能がある。