Does Altruism Exist?: Culture, Genes, and the Welfare of Others (Foundational Questions in Science)
経済学で「合理的」というのは「利己的」と同義である。人間は利己的に行動するので、それとは別の利他主義(altruism)は存在しないというのが常識だ。これを進化に拡張したのがドーキンスの「利己的な遺伝子」で、ここでは淘汰は個体レベルだけで起こると考える。

それに対して著者は「集団レベルでも淘汰が起こる」と考える多レベル淘汰の理論の提唱者である。それによれば淘汰は個体だけではなく集団の競争でも起こり、各レベルの淘汰に適応した遺伝子があるという。

個体も多くの細胞からなる集団であり、それを一つのまとまりと感じるのは、神経系で統合されているからだ。個体間の競争も細胞集団の競争と考えれば、すべての進化は集団淘汰の結果ともいえる。これはこれは生物学だけではなく、社会科学にも「ダーウィン革命」を起こす可能性があるという。

人間には文化的レベルでも、集団を維持する感情が(おそらく遺伝的に)そなわっている。それが信仰である。宗教は今では生存上の意味をもたないが、かつては人々を利他的に行動させて集団が生き残る重要な武器だった。1851年にaltruismという言葉をつくったオーギュスト・コントは無神論者だった。彼は神なしで人々が利他的に行動する社会をつくろうとしたのだ。

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