タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源
邦題は奇妙だが、原題は"Other Minds"。タコなどの頭足類が、人間などの脊椎動物とは別のタイプの「心」をもっているという話だ。進化論的には、頭足類と脊椎動物は5億年以上前の「カンブリアの大爆発」のころ分岐したと考えられている。共通の祖先は体長が数ミリの生物だったが、そのあと独立に神経系が進化した。

したがってタコの体の構造は脊椎動物とはまったく違うが、ニューロンは5億個もある。これは人間の1000億個には及ばないが、犬とほぼ同じで、脊椎動物以外では異例に多い。ニューロンの大部分は脳ではなく8本の足の中にあるが、タコの目は人間とよく似ており、知能も意外に高い。

タコは水槽から出しても自分のいた場所を覚えており、人間を識別できるという。迷路を通り抜けて、餌を取ることもできる。驚くのは瓶に閉じ込められたタコが、内側から足を使って蓋を回転させ、瓶から脱出できることだ。脊椎動物とはまったく別に、こんな高度な知能が進化したのはなぜだろうか。

人間とタコの共通点

その原因は環境変化だ、というのが本書の答である。タコの祖先には殻があったが、あるとき突然変異で殻のない個体が生まれた。これは外敵の多い環境で暮らすには不利だが、体が大きくなり、移動も自由になる。そこでタコの祖先は移動して貝やエビ・カニなどを捕食するようになった。

このように動きが激しいと小さな神経系では対応できないので、ニューロンが増えた。殻がないので体が大きくなり、足も増えた。これは外骨格をもたない哺乳類が大きくなったのと似ているが、殻がないと魚などの攻撃に弱いので、身を隠す擬態の能力を身につけ、攻撃されたらすばやく逃げる。

つまり神経が増えて知能が発達したのは、環境変化の幅が大きくなったためだという。哺乳類の中でも、熱帯雨林のような安定した環境で生きている動物は対応する変化が少ないので大型化せず、脳も発達しないが、草原で生きている動物は外敵が多く、捕食する対象も多いので、脳が発達する。特に人間の脳が発達した原因は、集団が大きいためだ。

タコは集団で生活することは少ないが、捕食対象も外敵も多様なので、それに対応する神経が発達している。つまり知能は環境との相互作用で発達する、というのが本書の仮説である。タコの場合は学習はほとんどしないが、人間は生まれてから学習によってニューロンをつなぎ替え、新たな環境に対応するようになった。

つまり知性とは本質的に社会的なものであり、脳は社会を「内面化」したものだという点で、タコは人間の知能を考える手がかりになる。これは最近の脳科学や進化心理学で「社会脳」の重要性が論じられるのと似ている。

人間とタコという進化論的にまったく違う生物が同じような神経系をもっているということは、激しい環境変化に適応するシステムには普遍性があるのかもしれない。地球外生物はまだ見つからないが、それが見つかったらタコみたいな神経系をもっているのではないか。

著者の本業は哲学なので、ヒュームやデューイやヴィゴツキーも出てくる。話はかなり飛躍しているが、知性の本質をタコから考える発想はおもしろい。