日本経済論15講 (ライブラリ経済学15講APPLIED編)
日本経済の長期停滞の原因として、潜在成長率の低下がよくあげられる。これ自体は当たり前で、人口減少と高齢化で潜在GDPが下がるのは自然現象のようなものだが、こういう供給不足が原因なら物価は上がるはずだ。物価も金利も上がらないのは、需要不足が原因と思われる。

その最大の原因は、本書も指摘するように企業の貯蓄過剰(投資不足)である。これは1998年の金融危機から始まったもので、初期には過剰債務を削減して企業を防衛するために行われたが、20年たった今も企業(非金融法人)が純貯蓄部門で、その貯蓄を政府部門の赤字が埋めるいびつな構造は変わらない。

つまり企業が金を貸して政府が借りる状況なので、金融緩和しても企業の投資を高める効果はなく、財政ファイナンスになるしかない。これに対して、民間の貯蓄過剰を政府が吸収する財政支出には意味がある。サマーズの指摘する長期停滞の構造は、1990年代の日本から始まったのだ。

それが20年以上続いているのはなぜか、という問題については経済学者にも合意があるわけではないが、本書が指摘するのはグローバルな実質金利の均等化という現象だ。これによって新興国(特に中国)の貯蓄過剰の影響が世界に広がり、2010年代には世界的に実質金利ゼロになった。日本は長期停滞のトップランナーなのだ。

世界的な貯蓄過剰が低金利・低インフレを生んでいる、というのはサマーズやバーナンキなども指摘する問題で、ゼロ金利の原因がそういうグローバル・インバランスだとすると、各国の中央銀行が是正することはできない。

長期停滞はグローバルな構造問題

ケインズ政策は1930年代の大恐慌では有効だと思われたが、70年代には先進国でスタグフレーションが起こり、ケインズ政策では対応できないことがわかった。長い論争の末にケインズ派はマネタリストに敗れ、景気循環の対策は財政政策ではなく金融政策でやるべきだという議論が世界の政策当局のコンセンサスになった。

しかし21世紀の状況は異なっている。2008年の金融危機のあとの主役は財政政策だった。金融危機のあともゼロ金利の「流動性の罠」が続いたため、金融政策のきかないケインズ的な状況が出現したのだ。

日本は1980年代に世界史上まれな過剰債務を経験し、その反動で90年代以降は大幅なデレバレッジ(過剰債務の解消)を経験した。これは2010年代の欧米と似ているが、不幸なことに日本のデレバレッジが終わらないうちに世界のデレバレッジが始まったので、企業の貯蓄過剰が終わらない。

2000年代には日本の労働生産性は上がったのだが、人口減少と高齢化に打ち消されて潜在成長率が下がり、それとほぼパラレルな自然利子率(インフレにならない上限の実質金利)が下がったため、ゼロ金利が続いている。

世界的な貯蓄過剰が低金利の原因だという見方は多くのマクロ経済学者に共有されつつあるが、将来の見通しは一致していない。これが金融危機後の一時的なデレバレッジだとすると、過剰債務が解消されたら金利は正常化するはずだが、構造的な需要不足だとすると今後も続く。日本の25年にわたる経験は、長期停滞が構造的な問題であることを示唆している。