平成の30年を振り返ると、日本経済の最大の危機は1990年代の不良債権問題だった。その話がいろいろなメディアで出てくるが、同時代に取材した者としては違和感を感じる。今月放送されたNHKスペシャル「バブル 終わらない清算」も「平成史スクープドキュメント」というタイトルが恥ずかしくなるものだった。

この番組が取り上げた1997年11月の山一証券の破綻は、たしかに不良債権問題が「爆発」するきっかけだったが、その原因は山一が「飛ばし」を隠したからではなく、それを破綻処理したからでもない。大蔵省の長野証券局長が「自主廃業」という前代未聞の処理で山一を消滅させてしまったからだ。

この事件のちょっと前に長野氏に討論番組に出演してもらったことがあるが、彼は「金融ビッグバン」の急先鋒で、不良債権処理を機に日本の金融機関を抜本的に改革しようと考えていた。彼は「ビッグバンは仲介者の問題ではない」と強調し、「モラルハザードをまねく護送船団方式から訣別する」という決意を語った。

彼にとって山一の破綻は、ビッグバンの実験場だった。その破綻処理は不可避だったが、山一の社員は会社更生法で再建されるだろうと思っていた。ところが長野氏は、山一の野沢社長に「金融機関としてこんな信用のない会社に免許を与えることはできない」と宣告した。それは護送船団方式から訣別してモラルハザードをなくす決意だったのだろう。
これは彼独自の考えではなく、政府が「大きすぎてつぶせない」(too big to fail)銀行を保護することがモラルハザードをもたらすというのは、多くの専門家の通念だった。普通の企業は破綻処理で清算することがあるが、銀行は清算できない。債権者(預金者)が多すぎるからだ。

特に大手銀行を破綻処理すると、決済機能が崩壊して金融危機になるので、政府は銀行を救済する。しかし破綻しても必ず救済されるとわかっていると、大手銀行は過剰なリスクをとるようになる。

そういうモラルハザードを防ぐためには、銀行も破綻処理しなければならないという意見が経済学者にも多かった。長野氏は、これを実行したのだ。それも会社更生法ではなく、免許を停止してしまった。

応報感情が金融危機をもたらす

証券会社のもつ株や投信は債権者と1対1に対応するので払い戻しできるから、普通の企業のように会社更生法で処理できるはずだったが、大蔵省が山一を清算したので債権が回収できなくなった。特に山一のメインバンクだった富士銀行が危機に陥った。

通常はこういうときの債務整理をメインバンクが行うが、その富士銀行の資金繰りがつかないので、債務整理ができない。山一は単なる証券会社ではなく、銀行と深く結びついているので、清算すると金融システムが崩壊するのだ。

結果的には日銀が(日銀法25条の)緊急融資で山一の債務をすべて肩代わりし、富士銀行を救済し、最終的には日銀が1100億円の損失を計上した。おかげで「日本発の世界恐慌」は起こらなかったが、これは当時はそれほど注目されなかった。

この教訓を日銀が世界に伝えていたら、2008年にアメリカ財務省はリーマンブラザーズを破綻させなかったかもしれない。FRBも議会もリーマンを救済しなかった結果、山一のときは起こらなかった大パニックが起こった。

銀行をつねに救済するとモラルハザードが起こるというのは神話である。いくら救済されるとわかっていても、みずから会社をつぶす経営者はいない。火災保険がかかっているからといって、自宅に火をつける人がいないのと同じだ。

だから政府や中央銀行は、事後的には大手銀行に迅速に資本注入すべきだ。火事が起こってから火を消すことをためらってはいけない。これは事前に防火対策をする必要がないという意味ではない。銀行の財務の健全化は必要だが、両者は別の問題なのだ。

しかし銀行救済は、政治的には評判が悪い。銀行は「自己責任」で不良債権を処理せよという勧善懲悪の論調が、1990年代の日本でも支配的だった。おかげで処理には10年以上かかり、経済に大きなダメージを与えた。金融危機は、このような応報感情でつくられるのである。