愛と怒りの行動経済学:賢い人は感情で決める
ひところたくさん出た行動経済学のおもしろ本は、最近あまり見かけなくなった。その実験結果は「合理性」を信じる経済学者にとっては奇妙な例外にみえるが、普通の人々にとっては常識的な行動だからだろう。むしろ問題は、人間がそういう「不合理」な感情的行動をとるのはなぜかということだ。

本書は、その原因を進化論的に説明する。たとえば囚人のジレンマでは、経済学者の想定する合理的な行動(支配戦略)はつねに裏切ることだが、そういうエゴイストの集団は外敵との戦争に勝てないので、進化で淘汰されたと思われる。他方、誰とも協力する博愛主義者もエゴイストに食い物にされて淘汰されるので、相手が敵か味方か識別して協力することが(進化論的には)合理的だ。感情はそのセンサーであり、人類が生存競争で生き残る上で重要な装置だった。

これを実験しているのが、"Split or Steal"というテレビ番組だ。次のゲームでは10万ポンドを両方がsplitして等分したら5万ポンドずつもらえるが、一方だけがstealしたら10万ポンド独占できる。しかし両方stealすると、2人とも何ももらえない。これは囚人のジレンマで、ナッシュ均衡は両方がstealを選ぶことしかないが、実験では必ずしもそうならない。

この動画では男性が女性を説得して5万ポンドずつわけようとするが、女性が裏切ってしまうが、両方が協力する場合もある。こういう実験を繰り返した結果わかったのは、どちらも協力するケースとどちらも裏切るケースが多く、この動画のように片方だけ裏切ることは少ないということだった。

このうちどちらも裏切るのが唯一のナッシュ均衡(支配戦略)で、これはいくら相談しても変わらない。囚人という名前が誤解をまねくが、プレイヤーは互いに相談しても結果は同じだ。「協力する」と約束して裏切ることができるからだ(これをチープ・トークという)。

だが、実際のゲームでは裏切ったプレイヤーの得た賞金の平均は協力したプレイヤーとほぼ同じだった。それは裏切ると相手も(その表情をみて)裏切るからだ。コミュニケーションには意味があるのだ。このように敵か味方かを判断することは、進化の過程では個体の生存にとって非常に重要で、それは脳のかなり古い部分に埋め込まれているので、理性より速く動くのだ。

ヒューム以来の近代哲学では、道徳は社会秩序を維持する手段だから、SollenはSeinから演繹できないと考える。カントは道徳(定言命令)を理性から導こうとしたが、これはその後のほとんどの哲学者に否定された。しかし規範はヒュームの考えたような単なる約束事ではなく、人々の脳内に深く根ざした感情なので、すべての事実認識は価値判断を含んでいる。

たとえば「原発は恐い」という恐怖を刷り込まれると、東電の話はすべて反射的に否定し、統計データを見ても「信用できない」と反応するようになる。人は見たいものだけを見るのであり、すべての判断は倫理的判断である。カール・シュミットは政治の本質は「敵か味方か」だと述べたが、その意味では人間は政治的動物なのだ。