Not By Genes Alone: How Culture Transformed Human Evolution (English Edition)
獲得形質は遺伝しない、というのが中学生も習う生物学の根本原理である。あなたがいくら勉強しても、その記憶は子供には遺伝しない。だからラマルクの進化論は否定されたが、文化レベルでは間違いとはいいきれない。記憶は遺伝しないが言語習得能力は遺伝するので、子供に言葉を教えれば、勉強できるようになる。

これは遺伝的な進化と似ているが、メカニズムはまったく違う。DNAのゲノムは固定されたハードウェアだから、環境が変化したとき、それに適応できない個体が淘汰されるという形でしか、遺伝子の進化は起こらない。これには長い時間がかかり、急激な気候変動などがあると種が絶滅してしまう。

それに対してホモ・サピエンスは大きな脳が発達し、文化や言語を長期記憶にソフトウェアとして記憶する能力を身につけた。文化は遺伝子より柔軟で変化の幅が広く、蓄積できる。しかも適応のスピードは遺伝子よりはるかに速いので、これが人類が短期間に驚異的に繁殖した最大の原因だ、というのが本書の主張である。

遺伝と文化の共進化

これ自体は今では広く認められているが、本書が主張した遺伝と文化の共進化はまだ論争になっている。これは文化的な進化の結果、遺伝的な変異が起こるケースだ。

たとえば乳糖を消化するラクターゼという酵素は、人間の幼児にはあるが、大人になるとなくなるので、大人は母乳を消化できない。ところが牧畜が発達すると、成人になってもラクターゼを分泌して乳製品を消化できるようになった。これは牧畜という文化が消化酵素(の効果の延長)という遺伝的な変異を起こしたものだという。

本書は言語も、人間の遺伝形質に影響を及ぼしたという。初期の言語は単純な叫び声のようなものだったと思われるが、それでは環境変化に集団で対応することがむずかしい。次第に音節を区切って単語をつくるようになったという。

ただ文化の進化は非常に速いので、遺伝的な変異とは大きく時間軸が違う。ラクターゼの変異は9000~3000年前にヨーロッパと東アジアで独立に起こったというが、2万年前に大陸から切り離された日本列島はどうなのか。言語の進化が発声の変異をもたらしたというのは、逆ではないだろうか。

いろいろ疑問はあるが、文化(ミーム)の進化が集団間の競争に大きく影響するのは間違いない。21世紀の政治を支配しているのはデモクラシーだが、それが進化論的に強いかどうかはわからない。もしかすると中国のような独裁のほうが意思決定のコストが低く、勝者になるかもしれない。