教科書には書かれていない江戸時代
ヨーロッパで戦争の続いた近世に、250年も平和を維持した江戸時代は驚異的である。結果的には経済の停滞をまねいたという批判もあるが、それは権力と富の集中を防いだ制度による意図された停滞だった。全国260の藩は同格で、徳川家は他の大名家を直接支配できなかったので、徳川家を超える強大な権力を生まないように各藩の力を弱めることが平和を維持する上で重要だった。

そのために徳川家は多くの巧妙な制度をつくったが、中でも重要なのが参勤交代である。これは武家諸法度で正式に決められ、各藩は石高に応じて行列を組んだ。たとえば加賀百万石の前田家は、多いときで4000人ぐらいの家臣を江戸に連れてきた。この費用は藩の財政の3%程度だったが、江戸屋敷で家臣が暮らす費用が30%にのぼり、各藩の財政を圧迫した。

しかし武士は長い平和の中ですることがなかったので、参勤交代のような無駄の制度化で雇用が維持できた。膨大な数の武士が通る街道筋には多くの宿場町ができ、町人の雇用も創出された。参勤交代の財源は年貢で調達されたので、百姓から宿場町の町人に所得再分配が行われたわけだ。これは長期停滞の中で、国が社会保障で老人に所得を再分配する今の日本に似ている。

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