文系と理系はなぜ分かれたのか (星海社新書)
私が「文系の大学教育は役に立たない」というと、「学問の価値は役に立つかどうかで決まるものではない」という反発がある。彼らも文系の学問が職業に役立たないことは認めるが、そういう教養も社会人には必要だという。その通りである。

近代ヨーロッパ以外の文化圏では、学問は人口の1%以下のエリートのための教養であり、そのほとんどは古典を解釈する文献学だった。今でも同世代の5%ぐらいには、そういう教養が必要だろう。問題は進学率が50%を超えた大学で、そんな高度な教養をすべての学生に教え込む必要があるのかということだ。

12世紀ごろ始まった初期の大学では、公職につくエリートは神学・法学などの教養を学んだが、大部分の学生は農業、商業などの「下等な技術」を学んだ。こうした初期の大学は17世紀までに衰退し、学問の中心は大学の外の「アカデミー」に移った。そこでは技術的な知識が体系化されて、実証的な役に立つ学問としての科学が生まれ、資本主義の発展とともに飛躍的に発達した。

このようなアカデミーの科学を大学教育に取り入れたのが、19世紀にドイツで復活した近代の大学である。その中心は「実験」で理論を実証する「研究室」であり、教育は学生と対話する「演習」だった。これもエリート教育で、日本が明治時代に輸入したのは、この時期のドイツの大学だった。「科学」という訳語は専門分化した学問という意味で、伝統的な儒学とはまったく異なる知識だった。

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