福沢諭吉の哲学―他六篇 (岩波文庫)
Physicsを「物理学」と訳したのは福沢諭吉だといわれるが、この場合の物理学はニュートン力学であり、彼がこの言葉に対比したのは「倫理学」すなわち儒学だった。彼が「物ありて然る後に倫あるなり、倫ありて然る後に物を生ずるに非ず」(『文明論之概略』)と書いたのは「事実にもとづいて価値判断すべきであって、その逆ではない」という意味だが、その区別は自明ではない。

たとえば「太陽が地球のまわりを回る」という命題は、現代ではナンセンスだが、歴史の大部分においては事実だった。歴史上ほとんどの学問は既存の価値体系にもとづいて新しい事実を解釈する技術であり、大事なのは体系の整合性だけなので、それを脅かす異端を排除すれば、学問の権威は守れる。儒学の場合は、学問的権威が科挙で国家権力と結びついていたので、既存の体系に疑問をもつ知識人はいなかった。

「東洋が停滞したのは実用的な技術に関心をもたなかったからだ」というのは誤りで、朱子学は実用の学としての「実学」を重視し、森羅万象を説明する壮大な理論体系だった。そこでは倫理(身分秩序)が物理(自然)と一体で、事実を古典でどう説明するかが学問のすべてだった。福沢はそれを強く批判し、実験で理論を検証する実証主義としての「実学」を主張した。それが可能だったのは、彼が知識人としてはドロップアウトだったからだ。

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