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先週ロシアのプーチン大統領が「年末までに平和条約を前提条件なしで結ぼう」と提案したことに、安倍首相も外務省も当惑しているようだ。領土問題を棚上げして平和条約を結ぶという話は「固有の領土である北方四島をロシアが返還しない限り平和条約を結ばない」という日本政府の方針とは相容れないからだ。しかし北方四島が日本の固有の領土だという根拠は何だろうか。外務省ホームページによれば、
1855年、日本とロシアとの間で全く平和的、友好的な形で調印された日魯通好条約(下田条約)は、当時自然に成立していた択捉島とウルップ島の間の国境をそのまま確認するものでした。それ以降も、北方四島が外国の領土となったことはありません。(強調は原文)
ソ連が千島列島の領有権を主張した根拠は、1945年2月の「ヤルタ協定」だが、これは米英ソの密約であり、法的効力はない。7月のポツダム宣言にはソ連は署名していないので、これも根拠にならない。サンフランシスコ平和条約には、日本は「千島列島に対するすべての権利を放棄した」と書かれているが、これはソ連との平和条約ではない。

ソ連との領土交渉では合意できなかったので、1956年の日ソ共同宣言でソ連は「平和条約の締結後に歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡す」と約束したが、国後・択捉の返還は約束していない。これを日本政府は「不法占拠」と批判しているが、ロシアにしてみると、日本は「千島列島に対するすべての権利」を放棄したじゃないか、ということになる。

問題は「千島列島」に北方四島が含まれるかどうかだ。四島は千島列島に含まれないというのが日本政府の見解だが、ロシアの呼び方「クリル諸島」には四島すべて含まれる。戦前まで四島に日本人が住んでいた(ロシア人はいなかった)ことは事実だが、どこまでを「固有の領土」と考えるかは自明ではないのだ。

「ダレスの恫喝」はどうでもいい話

図のように「千島列島」はウルップ島までだというのが日本政府の見解だが、不自然な解釈だ。サンフランシスコ条約で「千島列島」の領有権を放棄したとき、国会で吉田茂首相は南千島(国後・択捉)は千島列島に含まれると答弁した。

日本も一時は、2島返還で平和条約を結ぼうとしたが、アメリカのダレス国務長官が阻止したという説もある。これがダレスの恫喝と呼ばれる話で、2016年の日ロ首脳会談でプーチン大統領も言及した。佐藤優氏によれば
[1956年]8月19日に重光外相は米国大使館にダレス国務長官を訪問して、日ソ交渉の経過を説明した。[中略]重光外相はその日ホテルに帰ってくると、さっそく私を外相の寝室に呼び入れて、やや青ざめた顔をして、「ダレスは全くひどいことをいう。もし日本が国後、択捉をソ連に帰属せしめたなら、沖縄をアメリカの領土とするということをいった」といって、すこぶる興奮した顔つきで、私にダレスの主張を話してくれた。(松本俊一『日ソ国交回復秘録』)
といって2島返還を阻止したというのだが、この話は辻褄があわない。56年7月に日ソ交渉は決裂し、鳩山首相が重光外相に「2島返還は受け入れられない」と指示した。8月にダレスがこう言ったとしても、それは2島返還論が消えた後の話だ。まして今それを持ち出しても、2島返還を正当化する根拠にはならない。

ただプーチン大統領が「ダレスの恫喝」を持ち出したことでもわかるように、2島返還論が「落とし所」になる可能性は大きい。終戦直後のドサクサで占拠された領土を追認することは、日本人としては納得できないが、いつまでも平和条約を結ばないことによる安全保障上のリスクとどっちが大きいかということだろう。

現実に大きいのは、歯舞・色丹の2島が返還されたら米軍基地を置くのかどうかという問題だろう。しかし陸上基地を置かなくても、近海にSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を配備すればよく、決定的な障害になるとは思えない。右翼にも昔ほどこだわりがないようなので、安倍首相も検討していると思われる。日ロ平和条約の締結は、彼の任期中にできる意味のある政策だろう。