原爆 私たちは何も知らなかった (新潮新書)
原爆投下については、今も多くの疑問が残っている。原爆を「人類」の問題にすりかえ、アメリカの戦争犯罪を追及しない方針を日本政府がとり、マスコミもタブーにしているからだ。原爆を投下するには、次の三つの選択肢があった。

 1.無人島などに落として威力を見せる
 2.軍の施設に落として破壊する
 3.市街地に落として多数の市民を殺す

原爆を開発した科学者は、それを抑止力として使うことを目的にしていたので、実際に原爆を投下することには反対した。アメリカ政府でも(軍部を含めて)、2で十分だという意見が多かった。3は国際法違反の無差別爆撃だが、事前に警告して日本政府に降伏を迫ることもできた。最終的に選ばれたのは「警告なしの無差別爆撃」という最悪の手段だったが、誰がそれを決めたのだろうか。

本書はそれを当時の議事録などから、トルーマン大統領だったと推定する。1945年5月に開かれた原爆についての「暫定委員会」では、多くのメンバーが警告なしの原爆投下に反対したが、それを押し切ったのは、トルーマンの代理として会議に出席したバーンズ元戦時動員局長だった。スティムソン陸軍長官は警告すべきだと主張したが、トルーマンはなるべく日本に打撃の大きい手段をとろうとしたのだ。

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