日本占領と「敗戦革命」の危機 (PHP新書)
戦後史を国際的な文脈で理解することは重要である。1945年、東ヨーロッパを支配下に収めたソ連は、次に東アジアをねらった。敗戦を機に軍部の中の「共産勢力」がソ連と呼応して「敗戦革命」を起こす可能性がある、と昭和天皇に進言したのが1945年2月の近衛上奏文だった。
敗戦は遺憾ながら最早必至なりと存侯。[中略]敗戦だけならば、国体上はさまで憂うる要なしと存侯。 国体護持の立前より最も憂うべきは、敗戦よりも、敗戦に伴うて起ることあるべき共産革命に侯。
敗戦の後に起こる共産革命を防止するために軍の中の共産勢力を一掃して戦争を早期終結すべきだ、というこの提言は天皇に却下されたが、「敗戦革命」への警戒はアメリカの占領統治にも影響を及ぼした。アメリカはソ連の参戦前に戦争を終結し、単独で日本を占領しようとした。天皇の在位を認めたのも、共和制にすると共産勢力が強まると考えたからだ。

しかし当時の日本に「敗戦革命」を実行できる政治勢力はあったのか。1946年の総選挙で日本共産党が得たのは5議席だった。GHQ民政局は社会党を支援したが、それは短命な片山内閣を生んだだけに終わった。知識人の中には社会民主主義に共感する人もいたが、大部分の国民は共産主義も社会主義も知らなかったのだ。

続きは9月3日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。