戦後史の解放II 自主独立とは何か 前編: 敗戦から日本国憲法制定まで (新潮選書)
終戦直後、多くの国民はマッカーサーを解放者として歓迎し、丸山眞男を初めとする知識人は、GHQのつくった憲法を守ることが任務だと考えた。これに対して「押しつけ憲法」を批判する人々は、GHQの検閲で片寄った歴史観が植えつけられたという被害者意識をもっている。本書は国際的な視野から史実を見直し、こういう不毛な対立から戦後史を解放しようという試みだ。

1945年は、国際的な座標軸が大きく転換した過渡期だった。終戦直後にGHQの主導権を握ったGS(民政局)のリベラルは、第2次大戦でともに戦ったソ連を同盟国と考え、社会党を中心とする中道左派内閣で日本を復興させようとしたが、失敗に終わった。スターリンを信用していたルーズベルトの死後、アメリカはソ連を最大の敵とみなすようになり、国務省とマッカーサーの対立が始まった。

この時期にソ連は東ヨーロッパを軍事的に制圧し、チャーチルは1946年3月に「鉄のカーテン」演説で冷戦の開始を宣告した。GHQの中でも保守派のG2(参謀第2部)が主流になったが、日本の知識人は周回遅れで米ソの「平和共存」を夢見ていた。そして旧敵国たる日本を無力化して連合国が共同統治する日本国憲法が起草されたのも、まさに1946年3月である。それは米ソの「短い春」のストップモーション写真のように今も残っている。

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