市場経済は資本主義の必要条件だが、十分条件ではない。市場(等価交換)は数千年前からあるが、資本主義(不等価交換)は最近300年以内の現象である。経済学の教科書には前者しか書いてないが、これは奇妙である。もし市場経済が新古典派経済学のいうように等価交換だとすれば、価格は限界費用と一致して、利潤はなくなってしまうからだ。

逆にいうと企業が存在しているのは、価格が何らかの原因で限界費用と均等化しない「不完全性」があるからだということになる。これは過渡的な状態で、最終的にはワルラス的な一般均衡に到達するはずだ、というのが新古典派経済学である。そこでは資源配分は効率的になり、それは(完璧な)社会主義と同じになる。

かつてインターネットは、そういう「摩擦のない世界」を創造すると思われていたが、そういう世界は新古典派の想定する「完全競争」にはならない。そこではJBpressにも書いたように、GAFAと呼ばれる「グローバル独占企業」が圧倒的な市場支配力で新規参入を排除する。そこで起こっているのはアダム・スミス的な競争ではなく、ダーウィン的な淘汰である。

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