大学なんか行っても意味はない?――教育反対の経済学
訳本が出たので再掲。訳題には疑問符がついているが、原題は『教育に反対する理由』。大学の私的収益率は高いが、社会的には浪費である。大卒で高い所得を得られるのは学歴のシグナリング効果であり、教育で能力が上がるからではない。したがって学校教育に税金を支出することは正当化できない。

これは経済学の通説に近いが、本書はそれを多くの統計データで検証している。大学教育が役に立たないことは多くの人が知っているが、高校教育も(少なくともそれに投じられる公費以上に)役に立つという証拠がない。初等教育は役に立つが、その私的収益率は高いので、コストは親が払えばよい。

だがこの過激な提言は実現しないだろう、と著者も認める。多くの人が学歴のメリットを知っており、子供への教育投資を増やしているからだ。このため世界中で学歴のインフレが拡大しているが、大学バブルは崩壊しない。この壮大な浪費は、どこの国でも巨額の補助金で支えられているからだ。
20代前半まで多くの子供が学校に行くのは、社会的には大きな損失である。多くの途上国では子供は10代前半から働くが、学校教育の長さとGDPに有意な相関はみられない。労働者のスキルの多くは、学校ではなく職場で身につけるので、学歴エリートの労働者としての能力は低い。

だから大学教育を「無償化」する政策は、そのねらいとは逆の結果をもたらす。大学進学率は上がるが、学歴のインフレは激しくなり、教育の質は落ちる。子供を大学に進学させる親は平均より豊かなので、これは豊かな親への補助金である。

貧しい学生が勉強できるチャンスを広げるには、貸与型奨学金が適している。大学の私的収益率は高く、十分もとが取れるからだ。その返済の負担で破産するという話があるが、破産するような学生は最初から大学に行くべきではない。

著者はリバタリアンだが、すべての教育を否定するわけではない。今の大学は労働者には無意味なリベラルアーツを教えているが、職業教育は足りない。年齢に関係なく、新たな知識を更新しないと技術革新に追いつけない。若者だけの大学はいらないが、いつでも教育を受けられる職業学校がもっと必要だ。