世界史序説: アジア史から一望する (ちくま新書)
個別の地域や文化圏を超えた普遍的な「世界史」が書けるのかというのは、むずかしい問題である。「唯物史観」がその答だと思われた時代もあったが、今そんなものを信じる人はいない。最近では「世界システム論」が歴史学界の主流になりつつあるが、それもヨーロッパ近代を中心とする唯物史観の変種である。

では「アジア中心の世界史」が書けるのかというと、これはもっとむずかしい。ポメランツ以降のカリフォルニア学派はヨーロッパ中心史観を否定し、18世紀の「大分岐」でヨーロッパが先進国だった中国を逆転したというが、では分岐する前には統一的な世界があったのかという疑問には答えていない。

本書はあえてアジアを中心に、世界史を書き直す試みだ。もちろん新書1冊で世界史が書けるはずがないので、具体的な歴史記述は荒っぽいが、われわれが無意識に信じている通念を疑うきっかけにはなる。著者の仮説は、近代以前の世界史を動かした最大の要因が遊牧民だということである。

日本と西ヨーロッパは「周辺国」

梅棹忠夫が「文明の生態史観」で指摘したように、アジアの中心部には広大な乾燥地帯があり、それを支配するのは遊牧民族で、古代文明の多くはこの地帯とその周辺に成立した。彼らはつねに移動しながら、暴力によって動物や他民族を支配する。

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これに対して農耕文明を守るために中国(Ⅰ)、インド(Ⅱ)、ロシア(Ⅲ)、イスラム圏(Ⅳ)では軍事的な専制国家が発達したが、その東西の周辺に位置する日本や西欧などの農耕地域に住む民族は、こうした専制国家の直接支配をまぬがれ、生態系の自生的な遷移によって農業文明から工業文明に進化した。

今は中央の乾燥地帯は途上国なので想像しにくいが、かつて遊牧民族の騎馬軍団に対抗できる軍事技術はなかった。ローマ帝国を滅ぼしたゲルマン人も、世界を制覇したモンゴルも遊牧民だった。「シルクロード」は単なる絹を運ぶ道ではなく、文明の発展した「中央ユーラシア世界」だった。

しかし近世の軍事革命で、ヨーロッパ(西ユーラシア)が重火器を開発し、キリスト教で域内を統一した。キリスト教は単なる宗教ではなく、人々を戦争に動員する武器だった。法の支配もキリスト教の世俗化であり、科学はその技術的な成果だった。特に世界を「法則」によって理解する世界観が、飛躍的な軍事技術の発達を可能にした。

かつて遊牧民がユーラシアを統一したように、近代以降はキリスト教徒が世界を統一した。非ヨーロッパ世界で日本だけがそれに同化できた原因も、梅棹の図で理解できる。日本も西ヨーロッパも遊牧民の暴力に直接さらされることが少ない周辺国で、平和で分権的な「中世」を経験したからだ。デモクラシーが根づくのは周辺国だけかもしれない。