日本の大学の文系学部がダメになった一つの原因は、人事が硬直化して親分子分の関係が強いことだ。特に戦後かなり長い時期、マルクス主義が社会科学の主流を占めたので、左翼的な教授が左翼を後継者にし、憲法学のようにガラパゴス化する傾向が強い。ところがマルクス主義の総本山だった東大経済学部には、今ほとんどマルクス経済学の教授はいない。

東大のマル経は戦前に人民戦線事件で摘発された栄光の歴史があり、近代経済学を「ブルジョア経済学」とバカにしていたが、1960年代から留学生が帰国してアメリカの経済学を輸入し始めた。経済学部でも近経のポストを確保しようという動きが強まったが、マル経から近経への転換は天動説から地動説への転換のような「科学革命」だった。

マル経の教授が近経の助教授を採用するはずがないので、パラダイム転換には「外圧」が必要だった。経済学は理系をまねて業績主義になったが、マル経では国際ジャーナルに載る論文は書けない。こういう国際競争が一つの要因だが、財界からは「マル経の学生は使い物にならない」という批判が強かった。そういうアメリカや財界の外圧を利用して、人事を動かしたのが大石泰彦である。彼は学問的業績は何もなかったが、学問政治の達人だった。

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