帝国の昭和 日本の歴史23 (講談社学術文庫)
1930年代の日本政治を「ファシズム」と呼ぶのは間違いである。その出発点になったのは国粋主義ではなく、講座派マルクス主義だった。明治期の日本が「半封建的」な後進国であり、それを近代化するためには、まずブルジョア革命が必要だという「二段階革命」論は、当時の進歩的知識人に共通の歴史認識だった。

彼らは戦争を望んでいたわけではなく、来たるべき戦争にそなえて日本の経済力を結集し、重化学工業化を進めようとした。消費財ばかり生産しても、単純再生産になって資本が蓄積できない。こういう「貧困の罠」を脱却するには、戦時体制で一挙に資本集約化するビッグプッシュが有効だ、というのは今でも開発経済学で有力な理論である。この点で、初期のソ連は成功モデルとされている。

それを国家総動員法で実行したのが、蝋山政道、矢部貞治、宮沢俊義、大河内一男などの東京帝大の知識人で、近衛文麿はその影響を受けて大政翼賛会をつくった。そこには明治以来の権力分立を克服し、国家を計画的に運営するという合理的な目的があり、無産政党が率先して合流した。日本は戦争には負けたがビッグプッシュは成功し、それが戦後の成長の原動力となった。

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