かつての西ドイツを半主権国家(semisovereign state)と呼ぶことがある。これはKatzensteinの使った言葉らしいが、政治学では普通名詞として使われるので「軍事的主権を欠いた国家」と理解すると、日本も半主権国家である。終戦直後に米軍が駐留し、占領が終わってもなし崩しに米軍基地が残り、その指揮権もアメリカ政府にあるという歴史も日独で共通だ。

ただドイツの違いは、正式に再軍備したことだ。西ドイツは1955年にNATOに加盟するときドイツ連邦軍を創設し、1956年に基本法を改正して軍備を認めた。社民党(SPD)も当初は日本の社会党左派と似た絶対平和主義だったが、ベルリン封鎖などの危機が迫る中で、与野党が一致して基本法を改正した。

これに対して日本では、吉田茂がアメリカの再軍備要求を拒否した。これには保守勢力だけでなく社会党右派からも批判があったが、知識人のとなえた「全面講和」の絶対平和主義が論壇の主流となり、憲法改正はできなかった。このとき知識人が(ほんらい無関係な)非同盟と非武装を誤ってバンドルしたことが、今に至る不毛な憲法論争の始まりだ。

1950年代には不平等な安保条約や行政協定を改正する必要があったが、安保条約はその後改正され、今は解釈改憲で再軍備した。明文で禁止されているのは核武装ぐらいだ。「自主憲法」がほしいという人々の気持ちはわかるが、フルスペックの国家主権がないと具体的に何が困るのだろうか。

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