Energy and Civilization: A History (MIT Press)
世界初の商業用原子炉がイギリスで運転開始したのは1956年だった。核燃料のコストは化石燃料の1/100万以下なので、当時アメリカ原子力委員会(AEC)のストラウス委員長は「電気代は電力計で測るには安すぎる(too cheap to meter)料金になるだろう」と予想した。1971年にシーボーグAEC委員長は「20世紀中には全米の発電所が原発になるだろう」と予想した。

彼らの計算は今でも科学的には正しいが、原子力は1980年代に挫折した。チェルノブイリ原発事故で全世界に広がった反原発運動が、この安価でクリーンなエネルギーの未来を奪ってしまったのだ。大衆の放射能への不安が高まり、それに応えて安全基準が強化され、原発はますます高価になり、建設に10年以上かかるようになった。

原子力は成功した挫折(successful failure)だったと著者はいう。それは世界の電力の20%を発電するようになったという点では成功だが、その圧倒的なコスト優位性から考えると、自動車が馬車を駆逐したように全米の発電所が原発にならなかったのは挫折だった。そして2011年の福島事故が、この不運な技術にとどめを刺した。
今後、原子力の主役になるのは中国、韓国、インドなどのアジア諸国だろうと著者は予想するが、それでは原子力の凋落は止まらない。原子力への不安には科学的根拠がないが、政治的には今より大規模な開発は、民主国家では困難だ。

軽水炉はもともと原子力潜水艦の技術であり、商業用には向いていなかった。早い時期にもっと安全性の高い技術を開発すべきだったが、もう遅い。IEA(国際エネルギー機関)は2040年には原子力の比重は12%まで落ちるだろうと予想している。

では日本はどうすべきだろうか。原発の再稼動は必要だが、新設は無理だろう。電力会社も政治的リスクは取りたくない。再エネは安定電源にはなりえないので、化石燃料はかなり残るだろう。したがって2030年にCO2を26%削減するというパリ協定の目標は断念せざるをえない。

気候変動が現実の脅威だとしても、日本が途上国と同じ削減枠を負担するより、技術輸出で世界全体の排出量削減に貢献するほうが効果的だ。もっとも効率的なのは、アジア諸国への原発輸出だろう。それは日本の原子力技術を温存するためにも有効である。