日本人の法意識 (岩波新書 青版A-43)
明治以降に日本の輸入した大陸法は、昔から日本人がもっていた慣習法的な意識と大きくずれていた。川島武宜は、それは日本が一人前の国であることを誇示して条約を改正するための飾りだったという。この輸入した法律と「日本人の法意識」とのずれを解明する学問が、彼のつくった法社会学だった。

本書で印象的なのは、きだみのるの話として書いているエピソードだ。彼が田舎でバスから降りようとすると、車掌に「煙草を落とさなかったですか」と質問された。ポケットをさぐると、確かに煙草がないのでそう答えると、車掌は後ろにいた老婆に「あんたいま煙草を拾ったでしょ。この方のだから返してあげなさいよ」というと、老婆は「おらあ落ちているものとべえ思ったよ」と笑って、煙草を返した。

若い車掌の意識では煙草の所有権は落とした持ち主にあるが、老婆の意識では拾ったものは自分のものだ。そしてこの村では、老婆の考え方のほうが普通だった。これは抽象的・排他的な所有権とは違う、日本社会のルールだった。川島はそれを「前近代的」と呼ぶが、一面的に批判するわけではない。そこには一定の合理性があるからだ。

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