戦後左翼のピークは1960年代後半だった。その最大の原因はベトナム戦争である。これはアメリカの大失敗で、それに反対するデモには大義があったので、世界中で多くの人々がベトナム反戦デモに参加した。これが学生運動に発展し、1968年にはフランスでは「5月革命」が起こり、日本でも全共闘運動の最盛期だった。


ベトナム戦争は、多くの人を社会主義に引き込んだ。それは「資本主義は必然的に帝国主義になり侵略戦争に至る」というレーニンの理論を実証するように見えたからだ。したがって街頭でデモをするような段階は幼稚で、戦争を根本的になくすには資本主義そのものを打倒しなければならないと「理論的に」考えた人が暴力的な直接行動に走った。

これが理論の好きな東大で、全共闘運動が盛んになった原因である。彼らが「戦後民主主義」に飽き足りなかったのも、それが資本主義を変えることができなかったからだが、資本主義を打倒してどうするのかは考えていなかった。だから運動は短命に終わったが、その負の遺産は大きい。

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