私が子供のころ、初めて聞いた政治用語は「アンポ反対」だった。もちろん意味はわからなかったが、今もわからない。60年安保で、野党や知識人や全学連は何に反対していたのだろうか。一般には岸首相が「強行採決」で野党の反対を押し切ったと思われているが、最初に旧安保条約を問題にしたのは野党だった。

1957年2月4日の衆議院本会議で、社会党委員長の鈴木茂三郎は「日本民族の独立のための不平等条約の改廃」を求めた。そのきっかけは砂川事件で、米軍が日本に自由に基地を置ける安保条約は不平等条約だ、というのが野党の主張だった。これに対して岸信介(首相臨時代理)は「自力によるところの防衛状態が完備した状態において改正を考えたい」と答弁した。

野党の中でも左派は安保条約の破棄を主張したが、右派は破棄は現実的ではないといい、その妥協で安保改定に反対という統一要求が掲げられた。これでは肝心の不平等条約を改正するなという要求になってしまうが、誰もおかしいと思わなかったのだろうか。来年1月からのアゴラ読書塾「戦後史を疑う」では、こういう戦後史の疑問点を考えたい。

続きは12月18日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。