世界の共同主観的存在構造 (岩波文庫)
戦後日本の古典といってよい廣松渉の代表作が、やっと岩波文庫に入った。彼の世間的な主著は『存在と意味』だろうが、その内容は本書の第一論文(第1章)に尽きている。この原型は東大文学部哲学科の卒業論文だが、彼の哲学はそこで完成しており、よくも悪くも晩年まで変わらなかった。

彼の難解な論文が左翼の熱狂的な支持を集めた一つの原因は、生産性がなくなったと思われていたマルクス主義を思想的によみがえらせたことだろう。マルクスの唯物論はレーニン的な素朴実在論ではなく、むしろ彼が敵視したマッハの「経験批判論」に近いというのは重要な発見だった。

60年代には『経済学・哲学草稿』を中心とする「疎外論」的なマルクス理解が流行したが、それを「人間主義」として批判したのがアルチュセールだった。これは当時「構造主義」として流行したが、それよりはるかに精密なマルクス読解にもとづいて、フッサールやメルロ=ポンティの「相互主観性」の概念を取り入れたのが廣松の理論だった。

彼のマルクス解釈はかなり強引で、四肢構造論もポストモダン派からみると、古臭い「ロゴス中心主義」という批判をまぬがれない。しかし彼の図式を通してみると、プラトン以来の西洋的なロゴスの歴史が実にすっきり整理され、カントやヘーゲルを読む前に本書を読むと、その論理が頭に入る(いま思えばそれは廣松流の理解だったのだが)。

マルクスの哲学は、人間を「社会的諸関係のアンサンブル」ととらえる一種のホーリズムであり、ヘーゲルの亜流である。ポパーはそれを「歴史主義」と批判したが、その後の分析哲学はクーンやクワインのようにホーリズムに回帰している。最近の脳科学が示すのも、全体的なゲシュタルトの構成が部分の知覚に先立つということだ。

共同主観性と間主観性の違い

しかし廣松の共同主観性は、相互主観性あるいは間主観性(intersubjectivity)とは違う。間主観性は単に「主体の間の」という意味で、その前提には自律的な主体があるが、廣松の共同主観性はマルクス的な「共同存在」だという。これは彼のいう「関係の第一次性」と矛盾する。関係に先立ってヘーゲル的な実体=主体が存在することになるからだ。

廣松はチョムスキーの遺伝的決定論を否定し、言語は社会的ゲームだというウィトゲンシュタインの「事的世界観」を提唱した。共同主観性を「普遍文法」のような形で実体化するのは誤りだが、複雑な言語を使える能力は明らかに遺伝的であり、それは利他的社会性の産物だろう。

「人と人の関係が物と物の関係として現象する」という廣松の物象化論も、外界を物体として認識する感覚の産物である。人間が対象を見るとき、その網膜上の画像は絶えず動いているが、それを静止した「物体」として認識するサッカードという現象がある。

個人は自己完結的な主体ではないというのが20世紀の哲学の基本テーゼだが、個人を超えて人間を動かすものは何かという点については、哲学者は観念的にしか語れなかった。廣松は共同主観性の起源を「役割行動」という社会学の概念に求めたが、これはその役割を誰が決めるのか、という循環論法に陥ってしまう。

この問題をいま脳科学や進化論が実証的に解明しつつある。共同主観的に「何を信じるか」というレベルでは人間は社会的存在だが、「何かを信じる」という感情は、類人猿にはない遺伝的能力である。このように「多レベル」で人間を理解する必要がある。