世界の共同主観的存在構造 (岩波文庫)
戦後日本の古典といってよい廣松渉の代表作が、やっと岩波文庫に入った。彼の世間的な主著は『存在と意味』だろうが、その内容は本書の表題作に尽きている。これは東大文学部哲学科の卒業論文だが、彼の哲学はそこで完成しており、よくも悪くも晩年まで変わらなかった。

彼の難解な論文が左翼の熱狂的な支持を集めた一つの原因は、生産性がなくなったと思われていたマルクス主義を思想的によみがえらせたことだろう。マルクスの唯物論はレーニン的な素朴実在論ではなく、むしろ彼が敵視したマッハの「経験批判論」に近いというのは重要な発見だった。

60年代には『経済学・哲学草稿』を中心とする「疎外論」的なマルクス理解が流行したが、それを「人間主義」として批判したのがアルチュセールだった。これは当時「構造主義」として流行したが、それよりはるかに精密なマルクス読解にもとづいて、フッサールやメルロ=ポンティの「相互主観性」の概念を取り入れたのが廣松の理論だった。彼の「共同主観性」はそれと似ているが、微妙に違う。

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