治安維持法 - なぜ政党政治は「悪法」を生んだか (中公新書)
今どき新聞社に「死ね」などという国会議員が出てくるのは、メディアに対して国家権力が手を出せないと思っているからだろうが、刑法77条の「内乱罪」の最高刑は死刑である。破防法の最高刑は懲役3年だが、治安維持法と趣旨は似ている。

1925年に治安維持法ができたときも、それは世界的には珍しい法律ではなかった。アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアなどで共産党を規制する法律が制定されており、日本でも日ソ国交樹立で、コミンテルンが天皇制を打倒する方針を打ち出すことへの対策が必要だった。

ただ他国の法律が「暴力革命」を禁止するものだったのに対して、治安維持法は「國体を變革し又は私有財産制度を否認することを目的として結社を組織し又は情を知りて之に加入したる者は十年以下の懲役又は禁錮に處す」という漠然とした規定になっており、結社を禁じることが特色だった。

最高刑はのちに死刑に引き上げられたが、死刑に処せされた者はいない。これについて清水幾太郎は、1978年に「治安維持法はそれほどの悪法ではなかった」と書いた。戦時中もマルクス主義の文献は出版でき、弾圧されたのは日本共産党とそのシンパだけだったというのだが、それは本当だろうか。

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