宣長学講義
右翼の心情倫理は、和辻哲郎や折口信夫に受け継がれた皇国史観だが、それは国定教科書とともに葬られ、戦後は危険思想として封印された。その元祖は本居宣長だが、いまだに国学をそういう「日本主義」として批判する人がいるのは困ったものだ。

宣長の学問的な革新は、彼の文献学的な方法論にあった。このオリジナルは、荻生徂徠である。彼の古文辞学は漢文の訓読を否定して外国語として理解する方法論で、「テキストそのもの」に即して意味論を括弧に入れる言語論的転回の一種だったともいえる。それを宣長は古事記や日本書紀に適用したが、彼は漢文テキストの裏に「やまとことば」という本質を読み込んだ。

特に彼が重視したのは、古事記の背景に口承というパロールがあったことだ。『古事記伝』は暗号としての古事記を「復号化」して口承を再現する作業だったが、著者も指摘するように、そういう本質が実在したかどうかはわからない。与えられているのは古事記という原エクリチュールだけで、そこから「やまとごころ」というシニフィエを導いたのは宣長の想像力だった。

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