東芝の悲劇
東芝の経営危機については多くの本が出ているが、そのほとんどは原子力村と組んだ西田社長の「敗戦」という類の話だ。本書はそういう勧善懲悪とは違い、経営陣の社内政治が複合的な危機を隠して問題を大きくしたことを明らかにしている。

その病根は西田社長ではなく、彼を指名した西室社長だというのが著者の見立てである。1990年代に方向を見失って業績が低迷していた東芝に「グローバル化」という方向づけをしたのが、海外営業出身の西室氏だった。グローバル化なんて戦略ではないのだが、ドメスティックな経営者の多い中で、英語ができるだけでも重宝された。

ソニーも90年代末に、同じような経緯で海外営業出身の出井社長を選んだ。文系で傍流の西室氏にとって出井氏はライバルであり、お手本でもあった。求心力の弱さを補う社内カンパニーや執行役員など、経営手法も似ていたが、中身は親分子分の関係だった。西室氏が(中継ぎの岡村氏の次に)後継者にしたのは、同じ海外営業出身の西田社長だった。

西田氏は海外法人でパソコン部門を建て直した功績で社長に抜擢された、というのが一般的な見方だが、彼が統括だったころからパソコン部門では「バイセル取引」による会計操作が日常化し、西田氏の業績回復も粉飾のおかげだったという。

利益が売上を上回る異常な取引

バイセル取引とは、生産を下請けに外注するとき、高く売って高く買い取る取引のことだ。たとえば東芝が5000円で仕入れた部品を下請けに1万円で売り、完成品を3万円で買い戻すところを3万5000円で買うと、東芝は一時的に5000円の利益を上乗せでき、下請けの利益は変わらない。

それ自体は違法性はないが、通期でみると東芝の利益は同じである。しかしこの売ったときの営業利益を計上する一方、買い取ったときの損失は(損害賠償などの名目で)営業外利益に計上することで、営業利益を嵩上げできる。

こういう手口は西田氏がPC部門の統括だった時期に始まったが、佐々木則夫社長に引き継がれた2008年以降拡大し、図のように3月期に売上が激増して4月に激減し、四半期ごとにそれが繰り返されるようになった。2012年6月期からは、なんと営業利益が売上を上回る異常事態になった。

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PC部門の売上と営業利益の推移(東芝の第三者委員会の調査報告書より)


このように東芝の悲劇の原因は西田社長の出世の原因になったPC部門だった、というのが本書の見立てである。これは佐々木社長がごまかしてきたが、3・11で原子力部門が破綻して表面化した。東芝の危機は複合的だが、原発部門はどちらかといえば原因ではなく結果なのだ。

むしろ問題はこのように大規模な粉飾が10年近く隠されてきたことで、その背景には西室社長以降の社内政治があった。収益部門が半導体しかないいびつな経営の中で、東芝はグローバル化に活路を求めるしかなく、取引を粉飾しやすい海外営業がその先頭に立ってしまったのだ。

おまけに西室氏も西田氏も経団連の会長になろうとして果たせなかったという財界政治もからんで問題は複雑だが、はっきりしているのは、もう東芝という「入れ物」には意味がないということである。