週刊朝日のウェブサイトで津田大介氏が、電波オークションについて「解説」している。彼によると、安倍政権がいったんつぶしたオークションを導入しようとしているのは「政治的な思惑」があるという。
一度は自ら潰すことで放送局に大きな恩を売った現政権が、突如導入を持ち出した(そしてそれを政権に近いとされる産経新聞のみが報じている)ことには、経済的な面から放送局に揺さぶりをかけたい思惑が透けて見える。電波オークションは時代の流れとして導入すべき制度だが、同時に日本では政権のメディア統制という文脈があることも踏まえて議論しなければならない。
「経済的な面から放送局に揺さぶりをかけたい思惑」というのは、既存のテレビ局の電波を取り上げてオークションにかけるというネトウヨによくある誤解だろうが、そんなことはありえない。したがってそれによって「揺さぶりをかける」こともできない。民放連まで誤解しているのは困ったものだ。

総務省がオークションをつぶしたのは、現在の命令と統制による電波の配分を守るためだ。電波を「配給」する裁量権を政府がもっていれば、テレビ局(とその系列の新聞社)は呼びつけなくてもいうことを聞く。無線局免許を止める権限は今も総務省がもっているので、オークションとは無関係だ。

これは私も参加した2003年の会議で、レッシグなどが論じたことだ。ここでは「コモンズ」として利用することがベストだという議論と、電波を財産権で守るべきだという議論があったが、どちらも日本のような命令と統制による電波の配分は、合衆国憲法修正第1条(表現の自由)に違反するということで一致した。

市場メカニズムが表現の自由を守る

オークションで電波を配分するというアイディアは、ロナルド・コースの1959年の論文で提案されたもので、当時はアメリカでも突飛なアイディアだと思われた。電波は放送局の既得権であり、電話はAT&Tの既得権だったので、両者の棲み分けを守るのがFCC(連邦通信委員会)の仕事だった。

それが変わり始めたのが、携帯電話が開発された1980年代だった。UHF帯をテレビが使うか携帯が使うかで激しいロビー活動の競争が行われたが、NAB(全米放送連盟)が勝ち、普通のテレビの3倍の周波数を占有する「ハイビジョン」が開発された(私もその開発番組をつくった)。

1990年代に募集された携帯電話の帯域は多くの業者が希望し、最初はFCCは抽選で決めようとしたが、何万通も応募があって混乱し、結果的にやむなくオークションになった。これは全米各州で同時に多くの帯域を落札する複雑なオークションで、混乱を危ぶむ人が多かったが、1994年に成功に終わった。

オークションの目的は国庫収入ではなく、電波をもっとも効率的に利用する業者を選ぶことだ。書類審査をすると、みんな「私が一番効率的に電波を使う」というだろうが、本当に有効利用する業者がオークションに勝つ。

日本で200MHz以上も空いているUHF帯には、世界の相場でいうと2兆円近い価格がつくだろう。それを落札できるのは通信キャリアだけで、テレビ局が新規参入することはありえない。役所が有効利用の旗を振らなくても、業者が「自己選択」するのがオークションの長所である。

今どき「オークションで政府がメディアを統制する」などという話をする人は、日本以外にはいない。電波を売却して財産権を与えることには疑問があるが、それによって政府からの自由を守る意味はある。アジアでオークションをやっていない他の国は、中国と北朝鮮とモンゴルだけだ。電波社会主義こそ自由なメディアの敵なのだ。